康太の深淵

「あ、でも、僕はそんな妻が理想だと
結婚前までそう思っていました
母が全く反対の人だったんで」

父親は少し困ったように

「知ってるよ
私は君の経歴があまりに立派なんで
悪いけれど調べさせたんだ
育った町、あの辺りは貧困層の多いところで
ヤンキーみたいな若い人も多い
東京都内では一番、出来の悪い子供が集まってる
そう言われている町で、父親は事故で無くなり
母と妹は失踪中
その中で難関私立中学に合格し、東大から弁護士
あまりにもできすぎだよ
可愛がりたい存在ではないが
やはり娘だからね
心配で探偵を雇ったんだ

男好きの母親、妹のみぃさんの今、
そして、ミキさんの元の職業」

康太は驚きで口がきけない
すべてわかったうえでミツホとの結婚を許してくれたのか

発達障害の母

私はどうしても小学生ながらも母と比べるからだ

同じような感じなのに、心が美しいだけで

どうして、こんな何だろう?

母も実際、小学校四年生くらいの知能指数

本を読ませても、三ちゃんとほとんど変わらなかった

でも、ちょっと厚化粧をしたお金好きの母は

誰からもバカにされ、そして、嫌われていた

三ちゃんを学校で見るたびに、つらくなるのだ

それからずっと、母に対して嫌だと思うことは多かったけれど

ああ、せめて、心がきれいなら・・・・

それが私の彼に対する思いで

一度も話したことはなかったが、忘れられない子でもあった

それはそのあとの事件のこともあり

たぶん、私たちの誰もが忘れられない子だろう

 

「あの子のことがね

あの、火事、あの真相がわかったんだよ」

 

康太の深淵

「僕はね、長い間、妻が嫌いだった
いや、今もだ
そして、妻の作品のようなミツホを
可哀そうに思っていたんだ
もっと、早くに離婚してミツホは僕が育てればよかったと
そう、思っていたんだ」

「え?」

「でもね、それなりの会社に勤めていて
上司の親族関係で妻をもらったし
なにしろ、妻は真面目でね
愛だの恋だのではなくて
女は年頃になれば結婚するもの
一度結婚すれば、どんな夫でもその関係は全うするもの
そして、私を愛してはいないのに
愛す努力をして、そして母親として
全力で子育てをする
僕が離婚の原因にしたい事情なんて一つもないんだ」

康太は不思議な気持ちでその話を聞いた
まるで、自分の母とは別の生き物だ

発達障害の母

三ちゃんは皆から大っぴらに馬鹿だと笑われていた

だからと言って三ちゃんのことを、誰もが好きだった

ネコですら馬鹿だと笑っていたが

それで、バカにしているわけではなかった

三ちゃんは本当に心がきれいだったからだ

昔の私が通っていた小学校には特別学級なんてなかった

まぁ、最低限の学習はできたし

皆の勉強を邪魔したりしない

でも、心がきれいすぎて、学校で飼っているウサギでも

ちょっと、具合が悪いと心配して授業に出るのを忘れるし

誰かが弁当を忘れたりすると、自分はお腹いっぱいだからと

弁当ごとあげたりする

誰もが三ちゃんがいくら馬鹿でも

一緒にいたいって思うような子だった

そんな中で唯一、バカとも言わなかったが

側に近寄ることもしなかった

康太の深淵

父親は鍵を返しに来たと言いながら
上等なウィスキーも手にしていた

「ミツホのことは妻以外の人間と
一度ゆっくり喋りたいと思っていたんだ」

康太は正直、迷惑だと思った
しかし、自分が悪いのだから
さっさと軽いお酒のつまみを作った

「やぁ、すごいな
うちではこんな気の利いたものが出たことがないよ」

「いいえ、うちは姉さんがうるさかったから
手を抜かないように、気を付けてるんです」

「いや、ミツホがこの間から、家にいるだろう
なかなか、料理が上達していて驚いたよ
うちの妻は、君が相当な特訓を暴力でやらせてるって
怒っていたよ」

「あ、まぁ、そういうことです」

「いやいや、僕はね君の勇気に感心してるんだ」

「え?」


発達障害の母

私は母のことをなんとかかんとか悩みにしながらも

期待はしているのだ

16の時から母に対峙したことなど一度もない

だから、発達障害であるにしても

かなりの確率でまとも寄りであると思いたいし

今まで、すこし、私自身が悪く思いすぎていたんじゃないかと

希望を忘れていなかった

しかし、ほとんどそれは飛び散っていた

 

そんな中母の友人たちと話したり

その人たちにお世辞やおべっかを並べるのもほとほと嫌になっていた

それが、彼女たちの会話の中に聞き捨てならない話が合った

 

「ねぇ、あ~ちゃん、小学校の頃亡くなった三ちゃん、覚えてる?」

 

三ちゃんは知っている

康太の深淵

みぃと速水
康太はこの二人のこともミツホに話したことがなかった
まぁ、この二人のことがわかっていれば
あの母親は結婚させなかっただろう
最初から全部話せばよかった

しかし、こうして姉が喜んでくれるのならば
まぁ、よかったことにしておこう

そう思って家に帰ってみると
ミツホの父親が来ていた
ああ、そういえば、ここのカギは渡しておいたのだった

「ごめん、勝手に上がり込んで
でも、うちの妻が余計なことをして
僕は前々からミツホには手あげられたって仕方のないところが
あるって思ってたよ
全く普通じゃないからね」

「いえ、手をあげた僕が悪かったんです」

「ミツホが物心つき始めたころから
ちょっと、普通ではないなって思っていたんだ
でも、妻はあの調子で教えれば
やめろって言われてもやめないの
あなた、すごいわよ、この子、天才かも

まぁ、妻もエキセントリックな性格で
自分が思いこんだことがすべての人間だからね」