逃亡

「でも、あの女、子供も産んだことないくせに

いつだって偉そうなんだけど!」

 

私はそんなチェリーを、本当に母親似で嫌な子だと

思いながら

 

「美佐子さんは子供を産んだことがあると思うよ

あんたの子育ての手伝いが、赤ん坊を知ってる人のものだよ

今、チェリーがやってない

赤ん坊のいる部屋の掃除、ミルクのセット

そして、シェリーの抱き方、間違いないと思うよ」

 

「え?そうなの?パパと一緒になるのに

子供は捨ててきたってこと?」

 

「こらこら、そうとも限らないよ

そう言うのが、本当に女子高生全般に言えるけど

悪い癖だね

少し世の中を知っていて、自分はバカなことはしない

と思ってるせいか、生意気で

深い心が全くないよ」

恋をしたとき

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さて、小百合さんが赤裸々に私に話せるだろうか
間違いのないことしか言わない
それがまっすぐに育った彼女だ
カトリックの幼稚園から大学
人を貶めるようなことは言わない
暇があるならば、ボランティア
いつも、その口から出るのは間違いのない
いい人の言葉

速水は少し意地悪にそう考えた
お金に苦労しない、スムーズな日々の人生
どんなこともかなえてくれる両親
そんな小百合が一体どう話すんだろう
いい人ならば、立派な人ならば、母であっても
雅紀のことを悪くは言えないはずだが・・・

しばらく考えていたが、小百合はしっかりとどまった

「雅紀君には何も言うとこはないわ
あの犯罪まがいのことも
彼には判断力がなかったらしいし
今は悪い友人の影響を受けやすいからって
一緒に話したり、遊んだりするのは章子だけ
心配なのは章子にそれを受け入れる器がないんじゃないかって事」

速水は頷きながら
大したものだと感心した
これが育ちの良さというものだろう

逃亡

チェリーはムッとしたように

 

「だから、私はバカなんだ!

そう言う理由だったのね」

 

「そうとも言えないけどね

でも、シェリーのこと、ちゃんと考えなきゃ

だいたい、もともと、仲のいい家庭でなかったにしても

あんたのせいでこういうことになったんじゃないかい?」

 

「ママよ!いつだって自分が大事なんだから

お兄ちゃんのことだって、自慢になるからでしょ

私だってバカ高校に行ったとたん、手のひら返しに

娘なんかいない!的な態度に変わったんだよ」

 

「そこまでわかっているんなら、わかるだろう?

シェリーをかわいいと思ってるのならば

遊んでやるんだよ

家事を手伝う時は、いつもおんぶしてやるんだよ

そして、色々話してあげるの!

今、掃除してるんだよ~とか

美味しいご飯作るの!とか

歌を歌ってあげたりね!」

 

「うん。わかった!」

 

チェリーは喋るのは、何もわからない赤ん坊に無駄だと言う

顔をしていたが、歌は得意なことだから

やってみようと思ったのだろう

恋をしたとき

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「小百合さんのように?」

頷きながら私を見る
私にはよくわかる
私がそうだったから

母と父は長いこと一緒になることはできず
やっと一緒になり、私が生まれた時は
幸せの絶頂だったと母はよく話してくれた
章子と同じように高校に入るまで
母の言うとおりにしておけば、私も幸せになれると思っていた

でも、本当にそうだったのだろうか?
小百合さんだって
大学を出るまで間違いのない幸せな人生を約束されていた
小百合さんの両親は康太おじさんと一緒になることを
本当に心から賛成しただろうか?

もちろん、弁護士としては立派だし成功している
しかし、小百合さんよりも10以上年上のバツイチ
調べたかどうか知らないが
叔父は離婚した後、若い子としばらく同棲していた

「雅紀君のどこがダメなの?」

逃亡

チェリーはうんざりしたように

私の部屋に来ると

 

「ねえ、あの女、何母親面してるんだろうね

バカみたい!」

 

私の横の部屋がチェリーと赤ん坊の部屋だから

ドアが開いていれば、筒抜けだ

もちろん、美佐子さんはそのことも計算済みなんだろう

 

「あんたのお兄ちゃんの智久が赤ん坊の時にね

あんたのママは一生懸命だったんだよ

お腹の中にいるときからクラッシックを聞いたり

生まれると、山ほど絵本を読んでやってたよ

それに、外国の絵本もあっちのおじいちゃんおばあちゃんから

たくさん送って来てね

英語でも読んであげてたよ」

 

「ふ~ん、私にもそうしたの?」

 

「しなかった!」

 

「え?」

 

美佐子さんは私がこんな話をするのも

計算していたのかもしれない

 

「智久はよくできたから

幼児教室に行っても幼稚園に行っても

鼻高々!

小学校のお受験の時に生まれた、チェリーにかまっている暇は

なかっただろうからね~

だから出来がこんなに違うんじゃないのかい?」

 

こんなこと言う気はなかったし

私自身はそうは思っていなかったが

チェリーみたいなタイプは徹底的に甘やかされている

少しはきついことでもいわないと

子供を産んだくせにロクな母親にならない気がした

逃亡

落ち着いてくると

チェリーは赤ん坊が泣かなければ

たいがい、スマホをいじっている

すると、それに気が付いた美佐子さんが

 

スマホ、やめましょうか?

何か赤ちゃんのことで困ったことがあったら

わたしか、お義母さんに聞けばいいわ私たちがスマホで調べたことを話してあげるから」

 

私はチェリーが妙な出会い系に

アクセスしていたのを知っていたけど

このバカ娘!と思っていただけで

いったいこの後どうなるか、知らんふりして見てみよう

そう投げ出していたのだ

美佐子さんはそこにもしっかり気が付いていたようだ

 

「だって、何をすればいいの?

こんな、ちっちゃい子、まだ、寝返りも打てないし

ご飯作る手伝いとか、掃除はやってるじゃん」

 

じゃ、暇になって、シェリーちゃんが起きてるときは

絵本を読んであげたり

歌を歌ってあげて見たら」

 

「バカじゃないの!こんな小さな子にわかるわけないじゃん」

 

すると、美佐子さんは私の名前を出した

 

「それなら、お義母さんに聞いてみてごらんなさい」

 

そう言うと、いくつか買ってあったであろう絵本を

シェリーの横に置いた

恋をしたとき

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小百合は、こういうものは
お祭りの時ですら食べないのだ
そして、はっきりと嫌そうな顔をするのだ

でも、今は心ここにあらず
食べ物のことなどどうでもいいと言う感じだ

「さっきまで章子ちゃんたちが来てたのよ」

「ええ、知ってます
だから来たの!
章子は雅紀君を彼の家まで送って行ってから
帰るって言ってるから」

「なんだか、反対ね!
それもいいと思うけど
確かに雅紀君、ちっちゃい子供みたいだものね」

「それなのよ~どうしたらいいと思う?」

「放っておくしかないんじゃない?
章子ちゃんは今は雅紀君に夢中だけど
そのうち醒めるんじゃない
醒めた時に雅紀君は普通の恋人のように
なにかと悶着の種になるようなタイプじゃないと思うけれど」

私は彼が別れ話に逆上して暴力をふるったり
ストーカーになったりするタイプではないと思うし
だいたい、今の状態も
章子のことは親が喜ぶ、極上の友人ができた
そんなことじゃないかと思う

そんな話をつらつらしてみると
小百合さんは下を向いて

「こんなことのために一生懸命育てたわけじゃないのに」

そう言って泣き始めた