タケオという男

速水に至っては、心の奥底では
これだけお金をかけてあげても、結局できずに
元のタケオに戻って男娼を続けていけばいいと思う
だいたい、男娼たちの中にいるからこそ
少しちゃんとしている感が醸し出されていて
タケオの魅力があるのだと思っていた
今から普通の大学生になっても
相当闇を体験した雰囲気は醸し出してしまうに決まっている

そう思っていたのに
タケオはすごい勢いで成果を出してきた
もともと、中学の時にかなりハイスピードの塾に通っていたらしく
高校範囲に関してはサクサク理解できるようだ

いつもお金を振り込む日の夜には
やたら速水に会いたがる
速水ももちろん会いたいが、こちらから会いたいとは言わない

発達障害の母

普通ならば家族の間の自慢話は嬉しいものだ

私は誰にも話せない子供の自慢話は夫にするのだが

二人でどこまでも自慢のしあいになってしまう

子供が親に学校でこうだったああだったなんていうのも

親としては嬉しいものだ

うちの子供たちは親にそう言う話はあまりしないタイプで

後でママ友に聞いて喜んだりするのだが

とにかく他人ならむかつくような自慢話でも

本当に家族の中なら大歓迎の楽しい会話なのだ

母の自慢話を私は心から喜ぶべきなのだろう

でも、どうしても受け入れられない

もちろん、発達障害なのだから自慢話が他人に与える不快は

わからなくて当然なのだが

それでもイライラしてくる

朝一番から何時に起きたすごいでしょう!ほら、お味噌汁作った

すごいでしょう!ちょっと、このご飯どう?よく炊けたでしょう?

まぁ、このあたりは小さな子が初めて家事ができたこととして

我慢ができる

それよりも何よりも私が物を投げつけたくなる自慢がある

タケオと言う男

速水は素直に父に相談したのだ
この間大学の門のところにいた男の子が
実はもう一度自分の居場所に戻りたいって思っていること
もちろん、自分が彼を好きだとは言っていないが・・・

すると、父親は事細かに速水がさっき提案したことを教えてくれた
そして、速水がそのお金を全部出すことを
面白がって、ミキに

「速水はきみに似ているのかもね
君が弟君を何とかしなきゃって頑張ったことに
どこか似ていないかい?」

「そうね、でも、なんだかかわいそうな気もするけど
速水、初めての恋じゃないのかしら」

二人はそんな風に温かい目で速水を想い
一番適切なやり方を指示してくれる

タケオはしっかり勉強できるように、予備校はもちろん
わかりやすい家庭教師も紹介してもらい
なおかつ、生活費も速水が出して
とにかく勉強さえすればうまくいくようにセットした

それでも、速水も親たちも本人がやる気になって
ちゃんとやらなくとも、それはそれで仕方のないことだと考えていた

発達障害の母

それでも、母の話はいつもその頃の自慢で始まる

私は洋裁も好きだし、上手だったのよ

一年間、私は母のすべてを受け入れて、全部を飲み込んでしまおう

そう、決心してこの家に数十年ぶりに帰って来て

そこに向けて努力してきたのだが

発達障害独特の執拗なまでの物事に固執するさまや

興味のないことにはどんなに大事なことも

口で返事をするだけで、すぐに忘れてしまう事

歩きすぎて膝に水が溜まって痛い思いをしたのに

どうしても歩かずにはいられないこと

毎日、スーパーのチラシを見て安ければいらないものも

たくさん買ってくること

など困ることはすべて呑み込めたし

家のお金が百万単位で無くなっていることを

すべて私のせいのように弟に話していることも

まぁ、もう、今はどうでもいいと思っているのに

たった一つのことが許せなくて東京に逃げ帰って来た

 

速水の悩み

そう、偉そうに話しながら速水は心の中で笑っていた
自分が一番好きな人、
家で大人しくお嬢様のような生活をしていても
母と楽しく買い物をしたり
父の大学にお弁当を届けたりと
昭和のうぶで大人しいお嬢様を演じていても
タケオのことはいつも心から去らずに
だんだんエスカレートしていくと、タケオを買った夜だって
何度も思い出し反芻しているのに
さて、こんなことを言っても大丈夫なのだろうか?
自分がそれに耐えられるのだろうか?
わからないが、タケオには

「タケオの好きなステージの人間に返り咲くために
お金は出すから
引っ越して、それから予備校を探して
まず、高卒認定を取らなきゃでしょ
そこを探して!いくらいるのか報告して
そしたら、そこに必要経費は振り込むから」

真面目な速水の話に、少し自信を無くす
沙羅にふられたばかりで
まぁ、ちゃんと高校行って大学に頑張って入った
普通の男子には学力では負けても
恋愛には完璧に自信があったのに
指名数ではトップかたまに木佐さんに負けるくらいなのに
これで、速水にすら体の関係を否定されたら
俺って何なんだ!ってことになる

発達障害の母

自分で作るようになってわかったのだが

母の洋裁は随分危ういものだった

いつも畳に針が落ちていて、小さな私がいるのに危ない!と

父がよく怒っていたが、普通に服を作っていれば

畳に針が落ちることなどまず、ない

袖をつけ間違うことが多くて、イライラして

よけい間違っていた母の服を作る様子は子供心に

毎回なんであんなに間違うのだろう?

母は15歳から女学校を卒業するまで洋裁をやり

私が覚えている限り、かなりの村の家から洋服作りを

頼まれていた気がするが、本当によく間違えていた

自分で作ってみると、なぜ、あんなに間違えていたのかの

理由はわかったが、一二度間違えば、すぐに間違えなくなるものだ

弟が生まれたころには村の人から頼まれることはなくなっていたので

村の人もあまりに縫い直している服に呆れて

頼まなくなったのかもしれない

速水の悩み

「え?全部出してくれるって言うの?」

「そう!」

いや、ない話じゃない
こんな仕事をしていると、マンションを買ってくれるとか
高い車を買ってくれるとか
服だって、女のツケで好きに買っていいとか言われる
店も出してあげるって話もある
でも、それはもちろん、夜の生活はマストやんなきゃ
ってことなのだ
でも、速水ならば悪くはない
そこまで考えて速水を見ると

「ああ、違う違う!
そう言うのじゃないから!
まず、まともな部屋に引っ越しなよ
田舎から出てきた浪人生みたいに、地味な街のなかの
一か月、5万くらいのところ
これは、私がケチで言ってるんじゃないよ
タケオの好きなステージに帰る手伝いをしようってこと」