発達障害の母

私たちの中に刷り込まれている親子関係

田舎だとやはり昔ながらの感じで

親のおかげで・・・・

そんなフレーズが当たり前のように使われる

 

「千絵さんもボケてはじめて本当のことが

言えるようになって楽になったんじゃない

だって、あのまま育ててたって独り立ちはできなかっただろうし

子供のために苦労を抱えて人生が終わったんだろうしね

そう、そう、火事でお金が入ったって

あの旦那だったからね~」

 

「でも、あの時、三ちゃんの黒焦げの死体

を抱きしめて、あんなに泣いていたのにね~

いや、ほんとのところはわかんないんだけどね」

 

田舎に帰ってくると

まず、自分が一番で夫は苦労を掛けるもの

子供はやたらお金のかかるもの

そんな話ばかりしている

じゃぁ、その二つがなかったら

この人たちはまともに生きていけているんだろうか?

 

康太の深淵

誰が考えても母親のほうに行くべきだ
事務所で今、康太の補佐をしてくれている

「康太さん、あれって何なんですかね
あそこの奥さん、なんか、完璧な奥さんじゃないですか
娘さんが嫌がるわけがわからない」

確かに奥さんは嫌な感じの人じゃない
資産家の娘と言っても、ごく普通の服装
おっとりとした優しい口ぶり
調べれば調べるほど、完璧な妻だ
子供の教育には熱心だが
押し付けて勉強させるわけではない
優未ちゃんは都内でものびのびで有名な名門の女学校で
小学校から通っているから
お受験は大変だっただろうが
奥さんも出身でもあるから慣れてもいたのだろう

朝からちゃんとカツオ出だしを取った味噌汁
自分でつけたお漬物
だし巻きにシャケ
こんな完璧な朝食が出てくる

昼間に料理教室とお花に通っているが
そこで男の匂いなんか絶対にないし

夫が仕事をせずに浮気ばかりしていても
文句の一つも言わない

それが離婚することになったのは
夫の女が乗り込んできて

「あなたの旦那を私に頂戴!」

そう言われて、そのほうが夫がいいのならば仕方がない
となったのだ
ただ、優未ちゃんとは絶対別れたくないのだ
ごく普通の立派な母親だ

発達障害の母

私は涙が出てきて、その場をすぐに失礼した

頭にくるくる回るのは、あの頃の三ちゃんだった

いつも、教室の隅っこのほうから眩し気に見ていた私

あの頃の気持ちがよみがえって来た

なんて、すごい子供なんだろう?

同い年なのに、なんて優しい子供なんだろう三ちゃんのことを

フランダースの犬』のネロだと思っていたし

アルプスの少女ハイジ』のペータだと思っていたし

燕に自分の目の宝石を貧しい人に運ばせる

『幸福な王子』だと思っていた

そして、私には無理だとここ頃から恥じていた

私はいつだって、母を嫌い、そして恥じていて

そんな自分がとても嫌いだったから私は

三ちゃんには近寄れなかった

そこから

長い夢から覚めたような気がした
それでも、自分の環境にあらがって今の仕事について
良かったと思い、ミキに感謝し
離婚してからはミキがたまに家にやって来て
昔ながらのミキと康太のカレーを作ったりしてくれた

そんなときに受けた仕事がちょうど離婚調停だった

佐竹夫婦がもめていたのは
子供の親権についてで、中学生の優未という女の子がいた
優未は父親についていくと言う
しかし、父親は現在無職で借金もあると言う
女好きで、浮気も何回もして
妻が別れたがるのも納得の話だ
そして、妻は資産家の娘で優未をこれから育てるのに
何の不都合もない
父親は優未をこれから育てる自信はないと言っている

しかし、康太は優未が父を好きであると言うのは何となくわかった

発達障害の母

ボケた三ちゃんの母親は

断片的にあの頃、爺さんには手を焼いた!夫が考えた!

火が回ってどうしようもないと思った!

三ちゃんの子育てに疲れていた!

自分が手でしっかり押さえていた三ちゃんに

『福が鎖につながれたままだ!このままだと焼け死ぬ!』

そう三ちゃんにしか聞こえないように囁いた

そして背中を押したのだ

三ちゃんはそれを聞いて火の中に入って行った!

だから、たいそうな保険が下りて

あの頃はよかった!

みたいなことを口走るらしい

その話はすぐに噂になり、みんな、そういえばと

驚いているのだが

三ちゃんの父親はとっくに死んでいるし

千絵さんはボケているし

皆、そんなに深刻なことだとも思わず

茶飲み話に花を咲かせているのが実情らしい

康太の深淵

「いや、攻めているんじゃないんだ
妻に見せたら、結婚には絶対反対だったろうけれど
私は幸せに裕福に育った妻
そして、彼女にたっぷりと頭の悪い愛情を注ぎこまれた娘
そんな人間よりも、よっぽどいいと思うよ
それが言いたかったんだ
うちは、あの二人でまた、楽しく暮らし始めるだろうが
君が今度のことで余計な悩みを抱えないようにね
それに、お姉さんにも言っといて
幸せそうに見える普通の家庭なんてまったく
つまらないものさってね
まぁ、沢村教授もすばらしい人だから
余計なお世話だろうけどね」

そう言うと、鍵を置いて去っていきました

そうだ、あまりに常識や固定観念に縛られすぎて
自分を追い込んでしまう今までの生活
時間のロスでしかない
自分のやりたいことをのびのびとやって行こう

発達障害の母

あのお葬式

たぶん、誰もが悲しみ、誰もが彼のために泣いていたが

誰よりも尊敬していたのが私だとは

誰も知らなかった

それも、鎖でつながれていた犬の福ちゃんを助けに戻って

焼け死んだと聞いたとき

私は涙が止まらなかった

 

「え?あれは寝たきりのじいちゃんがタバコの不始末で

火がでて、三ちゃんは一度逃げてたのに、福がいたから

もどったんじゃなかった?」

 

「それがさぁ

三ちゃんの母親の千絵さん

最近ボケちゃってね、町の老人ホームに入ったんだよ

そこに、山之上の沖ちゃんの娘がヘルパーさんとして

働いているんだけどね

誰彼捕まえては、話すんだって!」