発達障害の母

結婚の前に二、三ヶ月

実家に帰っていたことがある

父が相手先の格式の高さを心配して

この村から30分くらい離れたところにいる

お茶の先生やお花の先生に通わせてくれた

母はその時、自分の踊りの練習に夢中で

私が通っていることも知らなかったし

今もお茶もお花も起訴は習った

みたいなことを私がいうと


「あら、そんなことできるの?

知らなかったわ』


みたいな人で結婚の時も

娘のことにはなんの興味もなかった


今思えばそんな母を憂いながら

何かと気遣っていた父がかわいそうだ

できるだけ母のそんなところを

家族の中でも見せまいとしていた


母は自分の興味のあるものしか見ない

康太は普通でありたかった
あの、小汚い爺さんと
たまに帰ってくる小心者で
気が弱い、母にベタ惚れだった父
お金はないわけではないのに
爺さんの飲み代や母親の男遊びで消えて
本当にど貧困の子供時代だった

それを変えてくれたのだ姉さんだ
ミキが帰ってきてからは
全てがうまく回り始め
自分はこの貧困から抜け出して
普通の家を持つ人生を送りたいと
勉強を始めた

全てがかなった今なのに
そこには、やはりひずみがあり
妻にした女はその普通でないところを
愛でてくれる

そんなことを考えているとミツホが

「私ね赤ちゃんができたみたい」

そう突然言った

発達障害の母

片付けは母の大好きなことだが

右のものを左に置いて

また、右に置き直す

買ったものを白い買い物したら入れてもらう

ビニール袋に入れて押し入れ深く入れておく

いざ使うときにはいったいどのビニール袋に

何が入っているのかさっぱりわからない

そんな類のものだが

私は元気に動く姿だけで安心する


「昔、崖崩れがあった時の話

友くんに聞いてきたよ」


私が外で何をして

誰とあったかをすごく気にするので

そう話すと


「ああ、あれは感動したよ

あんたは知らないだろうけれど

あの、男は碌でもない男で

昔、村中の女に手を出した男でね」


そう、母は私がその頃どうしてたなんか

ほとんど知らないのだ

村のみんなが、その男を私も

追っかけていたって、知ってるのに

こんなことが多々あって

母のせいではないとは思っても悲しくなる

発達障害の母

驚くような話だ


「え?それで、そんなたらい回しみたいな

育て方であんな爽やかな子が育ったの?」


私早く母のこともあって子供達の教育には心を砕いた。

そんなやり方でうまく行くのならば

私の今まではなんだったのか?

それで、思わずそんな言葉が出た


「うん、あいつは頭は母親に似ているし

彼の人懐っこい素直な人当たりの良さや

あのイケメンなところは彼から受け継いでいるけど、どうやら女好きなところは

全く受け継いでいないみたいだよ

子供達って、環境よりも血だな」


そんな恐ろしいことを私の前で平気で言う

その話を聞いて家に帰ると

母は楽しそうにウロウロと

部屋の片付けをしている

それは初めて聞く話であったが
ミツホも人間の本質は十分わかっていたから

「そう、それはすごいわね
そんなことなら、
私早く知り合いになりたかったわ
あなたの気持ちもわからなくはないけど」

そう言いながら、今まで自分が憧れて来た
沢村教授の小説の世界が
現実に現れたようで嬉しかった

康太はそんなミツホを見ながら

「確かに人間の多様性の中に
文学があることを思えば
うちの家族の生き様はそのまま文学かもな
でも、その中にいるもの達の苦悩は
厳しいんだよ

姉さんが速水をあの世界に送り出す辛さは
僕には嫌になる程わかるよ」

確かにミツホにもそれはわかる
ミツホの実家では
夫は同じ大学出身の弁護士で
夫の姉は大学教授の妻
そのことだけで満足していて
それから先はいくら親でも絶対に話せない

発達障害の母

崖くずれはあいつの家を直撃した

息子は夏季合宿に行っていたから

助かったんだけど


もともと、ここの人間じゃないから

村はずれの山崩れが起きやすそうな

安い土地を買って家を建てて住み始めたから

村の人達はなんとなく危惧はしてたんだけど

まぁ、よそもんだし

奥さんも元、県職員ってやつを振りかざす

そんなとこもあったから

危ないときに彼は村のほうに出て来て

どっかの母ちゃんに手を出していたんだけど

崖崩れが始まると村の人たちの

制止も聞かないで家の方に

奥さんを助けに行ったんだ


結局、二人とも死んだんだけど


それで、彼は身寄りもないまま

っていうか母親はあんなやつと

一緒になるために実家も捨てて

仕事も捨ててここに来てたから

だれも子供は引き取らなかったんだ


そしたら、それまであいつに騙された

村の女達がみんなで育てるってなって

それが、あの、男の子


「母親がどんな人間だったかは
話しただろう?
みぃは結局、若いうちから
性風俗の世界に居たんだ
でも結局、みぃを置いて男と消えたんだ
ただ、姉さんがその世界に居たことがあるから
すごいやり手の知り合いに
みぃのことを託したんだ
みぃだって普通の世界で生きられるような
人間じゃないみたいに育って居たからね
その、姉さんの知り合いは
その世界の人だけど
本当にいい人で
あ、多分、姉さんに惚れて居たんだと思うけど
みぃをその世界で傷つくことなく
育ててくれたんだ
経済に関しても詳しく教えてくれて
その人、死ぬときに
殺されたんだけど......
全ての財産をみぃに残して
みぃはその人から教えられたことで
性風俗の事業を始めたり
株をやったりで
今は日本でも有数の金持ちだし
事業主でもあるかな」