掟
沢村は茫然と立っているミキをソファに座らせた
沢村は速水を目の中に入れても痛くないほど
かわいがっていたが、そこに怒りや悲しみはなさそうだった
ミキははっと気が付くと
「ごめんなさい、私のせいだわ
ちっとも気が付かなかったし
速水がそんなことになっているなんて・・・」
そう取り乱して泣き出した
そして、やはり、蛙の子は蛙だし
沢村と結婚したことは間違っていたのだと
心から思った
沢村はそんなミキの心が手に取るように分かった
「違う!そうじゃない!
僕の母はどんな人か知っているはずだ!」
確かに、二人ともまともな生い立ちではなかった
娘を風俗嬢に就職させる母親
ずっと、日陰の身で満足した母親
二人の母親がそこから逃げようとして、もがいた
二人の目の前に立ちふさがった
発達障害の母
そんな高尚な場所から
今の母のところに来たのだから
かなりのストレスで、一日に一時間くらいは
毎日、田舎にある喫茶店にコーヒーを行く習慣ができた
母はコーヒーの匂いも嫌いだから
一時間、コーヒーを飲みに出るのは
唯一の私が自由になる時間だった
東京のカフェでお茶をするのに慣れていた私にとって
田舎のその喫茶店は、昭和そのものだった
それでも、私がここにいる頃はなかったのだから
この小さな村もずいぶん変わったものだ
この辺りは近くに有名な観光地があることで
車で通る人たちがたまに、この田舎の喫茶店に寄って行く
発達障害の母
できるだけ母に寄り添い
一緒に静かに世を送る
そう思って帰ってきたのだ
主人の義母との最後の日々はそんな感じだった
義母の横で暮らしているだけで
それまでの人生のつらさや幸せだったことが
もう、遠い出来事として流れていて
そこから人生がなんであるかが言葉にせずとも
私に流れてきた
義母の台所は私のあこがれだった
それはお金がかかっているとかではなく
古くてよい台所の道具を大切に使っていて
そこから出来上がってくる食事に
心が躍るような気持ちにさせてくれる台所だった
家事の一つ一つが丁寧で家族のことを思っている
その短い日々は私も最後はこんな風に・・・・
そう、思わせてくれる最後だった
掟
普通の家の子で普通の家族に囲まれて
普通の女子高生ならば、どんなに楽か・・・
速水は授業が始まると、慌てて自分の体を振り捨てて
クラスに戻る男の子にがっかりして
制服を元に戻して、そっと、あたりを見回して
男子トイレから出て行った
わかっている
速水のことが好きで
休み時間に男子トイレに連れ込んで
好きにされているんじゃないことくらい
速水だって、特別にさっきの男の子が好きとかじゃない
ちょっと、べたべたされて、何となくそばに寄りたくて
くっついていると気持ちよくて
まぁ、そんなことから始まった
そして、男の子の間では
沢村速水は絶対いける!
そんな噂が立った
ただ、放課後はだめで、休みの日も家から出てこない
そうなると必然的に、授業の合間の休み時間になる