発達障害の母

母は私に合わせて

いい人を演じるためにその犬に遠くから

かわいいわねぇなんて言って手を振る

犬は正直だし、嫌いな人はよくわかる

母のほうを見て、しっぽを振るのをやめて

う~と歯をむき出す

 

ああ、母の人付き合いはこんな感じだ

普通の人のように愛想よく人と付き合おうとするが

何を考えているかが透けて見えて

よけい嫌われたりする

その人との付き合い方を私にもするから

悲しくもなるし、いやにもなる

 

いったいいつ使っているの?
しばらく悩んで、少し落ち着くと
自分の生い立ちゆえにこんな具体的な
想像をするのだと気が付いた

もしかしたら、ただただ、好奇心だけで
買ったのかもしれないし、
いや、箱にも入っていないんだから
友人にいたずらされて鞄にでも入れられたのかもしれない

速水はこんなものには全く興味も
用もないのだから、
全く知らないままこんなところに落としているのかもしれない

それが一番正しい気がした
普通の家のまじめな女の子が
高校一年生の時にこんなものを使っているなんて
馬鹿なことを考える自分に苦笑した

ネットを検索しまくり
普通なのかとも思ったが
やはり、普段の速水からはどうしても
想像がつかない
誰か、好きな子がいるようでもないし
いや、できるだけ余計なことを言わないようにしているから
もしかしたらいるのだろうか?
いや、いるのだろう
休みの日のデート?
学校帰り?
でも、休みの日はたいてい家にいるし
出かけるときは家族一緒だ
映画も食事も家族で行く
学校帰りは考えられない
授業が終わったら、そのまま帰ってきたであろう時間に
帰ってきて、ミキが作った手作りのおやつを
夫と一緒に食べるのだ

発達障害の母

犬や猫に対しては敵意しか持てないようで

結婚して母とはめったに会わない生活をして

家庭を持った私の家は家族の一員として犬や猫を飼っていたのだが

それが、遠く離れて暮らしていても気に入らないらしく

うちの話を弟とするときには必ず

「あんな物を飼って、ろくなことにならんよ」

そう、言っていたようだ

離れて暮らしていたから当時は何ともなかったけれど

今、一緒に暮らし始めるとうんざりしてしまう

一緒に散歩していると

犬の散歩の人とよくすれ違う

そんな時、私は声をかけずにはいられないほど

犬が好きなのだ

それで、つい、声をかけてしまうのだ

 

「かわいらしい。ワンちゃんですね」

 

そう言って背中をなでる

母は大嫌いなのはわかっているから

母のリアクションは求めないし、私としては

犬嫌いの母といるのに、自分が好きなあまりに

つい声をかけてしまう自分に少し自己嫌悪を感じる

え?
どうしてここにこんなものが?
すぐには速水に結びつかないほど
考えが止まってしまった

どうして?
もう、ずっと、昔の仕事がよみがえった
それは、確か、初めて使ったのは今の速水と同じ年だった
はじめはそこの、おっさんにつけ方を習って
一生懸命練習した
もともと、手が器用なこともあって
お客が気が付かないうちに、素早くつけられることが
若いのにって、評判になったほどだ

普通の家の娘には絶対に関係のないもの
長いことそう、思ってきたのだが
普通の家のことなんて
普通の家の女子高生のことなんて
何も知らない自分を顧みた

発達障害の母

最近では空気が読めることを

実はそんなにいいことではない

そんな風に言うようだが

本当に空気が読めない人の困るところは

道徳的に間違っていることを

平気で言ったりするところだし

誰かが傷つくことを気にもせずに

ずけずけとみんなの前で言うようなことは

空気が読めたほうがいいと思う

言うべき正しいことを空気を読まずに言うのは

大事なことではある

正しいことを空気を読まずにいう人は

たぶん、人から嫌われたり

厄介者扱いされることはない

母の場合、まず、それはない

いつだって、そんなことを人前でいうのは

人間としてどうかと思うようなことを

さらっという

 

母は犬はもちろん、猫もだし

動物全般が大嫌いだ

もしかしたら自分以外の誰も愛せないのかもしれない

 

発達障害の母

子供もそんな風に男好きであれば

何の問題もないだろう

母はその時、その話を嬉しそうに

家族で夕ご飯を食べているときにしゃべった

子供の前でする話ではないと

父は怒り出したし私も聞きたい話でもないし

好奇心はあったが、家族団らんの時に話すことではないだろう

そう思ったが

母は父の静止も聞かずに

 

「きっと今晩はあそこの奥さん、家に帰らないよ

明日、あそこの子供に聞いてごらん」

 

そんな風に私に話した

その時には気が付かなかったことだが

今、当時を振り返ってみて

母を嫌っていた理由はそんな所だったのだと

そのことがあってから40年後に

初めて気が付いた