速水が高校に入ってから
部屋の掃除をされるのを嫌がるようになった
ミキはそれを嬉しく思っていた

中学くらいに反抗期があるかと
覚悟していたのだが
そんな気配もなく
家族旅行にも嬉しそうに一緒に行くし
父親を嫌いになると、よく聞く年頃の女の子特有の
神経質さもなく、父親とはすごく仲がいい

部屋の掃除は自分でする
そういう気持ちになってくれるのは
ミキがしつけるまでもなく
ちゃんと、まっすぐに成長してくれているようで
安心したほどだった

だから、最近ではほとんど速水の部屋には入っていない
それがたまたま入ることになったのは
夫が自分たちのベッドを新しくするので
速水のも一緒に新調しようと言い出したからで
速水が学校に行っている間に
ベッドのサイズを確かめる必要に迫られたからだ

きれいに整頓されている
安心した、その目がベッドの下に落ちている
避妊具を見つけてしまった

発達障害の母

人のせいにしてはいけない

子供たちにはそう言いながら育ててきた

私は私が今の私であることを

母のせいにはしたくはないし

母のせいではないといいたい

ただ、ただ、この母親でなかったら

その気持ちはどんなに消そうとしても

心に浮かんでくる

 

小学校のころ

男好きの母親を持っている友人がいた

だからと言って、その子は不幸ではなかった

そこも男好きで

小学生のくせに、すぐに男子を暗い所に呼び出しては

二人きりになりたがっていた

親はいろいろだ

親と一緒ならば幸せなのかもしれない

教師が個人面談でその母親に子供の男好きを指摘すると

その夕方にはその男の教師と

その母親が村を歩いているのを

誰もが目撃して

ものすごく親密そうだったと

私は小学生の時に母親から聞いた

 

自分では気が付かなかったが
そうなのかもしれない
そして、それが、すごく恥ずかしいことなのは
認識している

そして、不思議なのはそれが好きな相手に対してではないことだ
男性ならば誰でもいい
そう、本当に誰でもいいのだ

高校になって自分では気を付けているつもりで
なんだか気が付いたら男子のそばにいる
そして、最初のころは仲の良かった
女の子の友達が、なんとなく減っていって
そして、もしかしたら嫌われているんじゃないか
そう感じることが多くなった

立派な親や親せきを持っている自分
普通であるのは仕方がないとしても
ダメなところが男についてだなんて
自己嫌悪に陥るしかない

発達障害の母

子供のころは好き嫌いが多かった

でも、家を出て一人で暮らすようになった途端

別に嫌いな食べ物などないことに気が付いた

それが、母の料理の下手なせいだと気が付いたのは

ついこの間だ

何十年も子供のころは好き嫌いが多くて

大人になって何でも食べられる人間になったと思っていた

 

そんなことがたくさんある

人の気持ちがわからない人間だと思っていた

母の気持ちは子供の私には到底わからなかったから

でも、学校の友達とはうまくいく自分が

不思議だった

ああ、この子は今、こうしてほしいんだな

じゃ、こうしてあげよう

そう思ってやってあげると、たいがい喜ばれる

母の場合はよくわからない

それは母自体もよくわかってなかったからだろう

話がうまく進まない

「この、お漬物、おいしいよね」

誰かがそういうのを待って

「ああ、同じ同じ母ちゃんもそう思ってた」

誰かが言って、それに追随する

そんな会話しかしない人だった

立派な人の言うことをすぐにまねる

その立派な人の定義が

普通の完成で見れば、目立つ人とか

人の前に立って出しゃばってしゃべる人にしか見えないのに

母の中では立派な人という定義になっている

それに、父にも母にも絶対に言えない悩みがある
どうも、男の子が好きらしい
中学の頃もそうだった
女の子といるより男の子といるほうが楽しい
席が隣の子と話すとき
自分が立って、肩に手をのせて話す
話している時に必ず、男の子だと
少し触れたくなる
意図しているわけではない
恋に落ちているわけでもない
卒業式まで気が付かなかった
男の子とそういう風に話すからと言って
もてるわけでもなかった
スタイルがいいわけでも、顔がいいわけでも
色っぽいわけでもないから

卒業式の時に
35歳の担任の教師に言われた

「速水さんは、すこし、人なつっこいっていうか
ちょっと、気を付けたほうがいいかな
先生は独身だから、話すときに
いつも体を触れてくるのには
少し参ったよ」

そう言われて初めて気が付いた

発達障害の母

たぶん、それは発達障害のせいではないだろう

発達障害であったとしても

素直でいい人ならば、家族三人はもっと、母が好きになっただろう

素直なのは確かだ

史跡巡りよりも買い物が好きで、知的なことには興味がない

それは口に出さなかったがよくわかって、みんなで何となく意をくんだ

でも、それが母のためだとは本人は気が付かない

 

そして、結局、理想的な家庭は父のパチンコ好きのせいで

とても無理だと考えていたりする

 

ご飯を作るのは苦手

でも、それだから父が手を出すのには傷つくし

料理が自分は下手だとは気が付かない

父も私も母の傷つくようなことは言いたくなかったし

弟は母に似て味音痴だ

しかし、弟は一番小さくて素直に感想を言うから

弟の「おいしい」を信じて

一生懸命料理を作る

一生懸命なのはいいことだろうが、さすがに毎日まずいのは

うんざりする

普通の幸せ
それを望んでいる母親のミキとは違う
速水は自分には何一つ平均値を超えるものはない
もし、それがあるとすれば
大学教授で小説家の父
美しく賢い母親
弁護士の叔父夫婦
大金持ちの叔母

なんだか、いらいらする
母親はそれが一番というが
何もない自分にはそれが一番だなんて思えない

勉強は頑張ってみたお金もかけてくれた
それでも、偏差値45の高校が精いっぱいだった
夢があるわけじゃない
父親の大学に行きたいなんて考えたこともない

学校の友人と毎日楽しく
高校生活を送る
それだけしかない自分が嫌になったりするなんて
情けないし、それが悩みだなんて
きっと、父も母も思ってもいないだろう