その先

「確か、男の人

私はてっきり、ご主人、あなたのお父様

そう、思ったのですが

お父様は?お聞きになりました?」


私たちの中で、離婚した父親のことは

全く頭になかった

すぐに、澄子ちゃんは母親に

隠していた住所を探し出した

電話番号まではわからず

そのマンションまで行ってみた


チャイムを押してみると

中から年寄りの声がした

澄子ちゃんが名前を名乗ったので


その老人は


「澄子か?」


そう言ってすぐにドアを開けた

澄子ちゃんは泣きそうな顔で


「お父さん、元気そうで…」


すると、父親も


「良かった。元気そうで。

今、お茶を淹れるから

ゆっくりして行きなさい」


そう言って嬉しそうにしていた



その先

私たちは産院を訪ねた

その当時を知っている看護師さんがいた


「覚えていますよ!私も看護師になりたてで

奥さんが同い年くらいだったので

子供を取り上げられて

毎日泣いていて、

とても気の毒に思っていました

あの時のあなたのお母様、

私は事情は知りませんでしたが

ひどい人だと思ったものです」


「それで、何か赤ちゃんの行方に

心当たりはないですか?」


その看護師は澄子ちゃんを見て

『え?今頃?どんな事情があるにしろ

あなたが産んだんじゃない』

私と同じことを思ったのだろう

少し呆れたが

すぐに一生懸命思い出してくれた


その先

「それで、どうなったの?子供は?

ここで育てたの?」


澄子ちゃんは眉を潜めながら


「病院で生まれたその日に

母がどこかに連れて行って

誰かにあげたらしいの

それ以来、私はその子がどうなったか

何もわからないのよ」


私は流石に堪忍袋の尾が切れた


「何言ってるのよ!

好きになった人との子供でしょう?

母親ならば、気になって仕方がないはずよ

ね、何も母を名乗ることはないと思うけれど

これからでも探しましょうよ

気にならないの?

男の子?女の子?」


もう、私の方が気になって仕方がない

 その先

「それで、どうなったの」


私は、あの母親だし

今まで聞いた話からも

うまくいったとはとても思えなかった


「それが、子供ができたのよ」


「え!澄子ちゃんに?」


もう、驚くしかない


「ええ、でも、その人

奥さんがいたの

私も何も言えないまま

別れたんだけど

お腹の中で赤ん坊は大きくなるでしょう

それで、母にバレて大騒ぎ」


いやいやいや、

大騒ぎって話じゃないでしょう


「もう、臨月近くなって

母にバレて、相手は誰かと

責められたんだけど

彼の名前は言わないまま

出産したの」


「じゃ、子供はいるんじゃない」

その先

「で?恋愛はしなかったって?」


私が少し面白がって突っ込むと


「この家でしょう

ここの庭は私や母ではとても無理だから

季節ごとに庭師に入ってもらうの」


え?それって、昔のお嬢様みたいな

庭師の若者とって感じかしら

そう期待してしまう


「植物学を大学で学んで

庭師になったって人がいてね

私、ちょっと、憧れていたの

美味しいお茶を入れたり、

お菓子を手作りにしたり

母には絶対に分からないように

地味にアプローチしてたの」

その先

「それからは私が仕事に出るのを嫌って

お金はあげるから、家に居なさいって

言われて、今考えると

私も母の言いなりになるなんて

おかしいとわかるんだけど

当時はとにかく、母がそう言うのなら

仕方がないって諦めていたのね」


「お母さんは澄子ちゃんの結婚は

望まなかったの?」


「もちろん、望んだわ!

しごとをやめてからの十五年くらいは

見合いをして、断っての繰り返し

最後の方は見合いをして、

断られてって感じね」


なんだか想像できる気がした

でも、こんな立派な家だ

資産もあるのだろう

うまく行きそうな話だってあったはずだ

その先

「仕事は何をしていたの?」


澄子ちゃんは恥ずかしそうに俯いた


「最初はね母の希望通り

大学を出て大手の銀行に就職したの」


「まぁ、すごいわね!」


「就職した途端に

帰りも遅い、人付き合いもしなくちゃならないし、飲んで帰ることもあったんだけど

母はそれが我慢できなくて

もう、やめなさいって言い出したのよ

まだ、家でそう言っている間は

良かったけれど、とうとう

私が無視していたら

自分で退職届を上司に持って行ったの」


「そ、それはすごいわね」


「仕事はキツかったけれど

銀行に行っている間の方が

楽しかったんだけどね」