発達障害の母

ただ、嬉しそうに待っていた

たぶん、彼の人生は多くの人間に裏切られることの

連続だったのだと感じた

その喜ぶ目がそれを物語っていた

母がそうだった、ちょっと、足りない人間に対して

約束をしっかり守るほど

民度の低い人間たちは優しくないし、暇ではない

私は約束を守る初めての人間のように修二に手を握られた

新宿の隅の公園

若い男と二人きり

まだ、ほとんどどんな人間かもわからない修二

それでも、私は何の警戒もしなかった

彼があの時、私に親切にしてくれたお返しに

今夜はちょっと、一緒にいてあげよう

そう決心していた

速水の悩み

その、速水が惚れたって言うタケオ
女の本性なんか素人の女のほうがよっぽど嫌な奴多いのに
速水に会って、なんで速水に惚れなかったのか
そいつも大した奴じゃないと思う

家に帰って来た速水にミキは驚いた

「え?しばらくうちにいるの?」

いや、嬉しい。嬉しいけれど、どうしたんだろう
しかし、あえて聞かなかった
あの業界のことなど、けっこう何でもありだし
まぁ、みぃが仕切っているのだから大丈夫だとは思うが
変なプレイでもさせようとでもしたのかしら?
ミキの頭の中は大学教授の妻らしからぬ想像でいっぱいになった

沢村も大喜びだ
速水はここで普通の女の子に戻りたいと思った
普通の女の子ならば、今の速水の年ならば
仕事をもっていなければ、何をするんだろう?
とりあえず、いいところのお嬢さんのように
毎日おけいこ事でもやろうと思った

発達障害の母

興味はなかったが可哀そうだと思った

連絡先を交換しなかったのは

単純にディスコのフロアなんか信じられなかったから

住所を教えることはできなかった

それが本音だったし、恵子ちゃんと私としては

バブルのどんちゃん騒ぎの真っただ中にいて

頑なにまじめに貧乏な学生をやろうと必死だった気がする

とにかく、心の奥底でディスコの修二なんか

頭の足りない不良だと思っていたのだ

その彼が探しに来てくれた

それは、迷惑よりも二十歳の女の子にしたら嬉しかった

 

公園の噴水の泊まった丸い淵に座って、時計を眺めている

青白い中に浮かび上がった彼は羽がないだけで

私には寂しそうな天使に見えた

速水の悩み

優人は少し涙ぐみながら

「これは想定内だったんです
ファンだった頃のハーミーはもっと、成熟した女だと思ってました
でも、そばでマネージャーやってて、感じたのは
体とは反対に、全く無垢だってことです
あんなに無垢で純粋ならば
そのうち誰かに恋するんだろうなって思ってました

あ、それが僕ならいいって思ってましたけど

ちょっと、様子を見て待ちます」

そう言う優人にみぃは

「じゃぁ、さっきの企画勧めておいてね
ミキ姐さんのところに帰ったのならば
当分、事務所には来ないでしょう」

そう言いながら、素人の女なんてロクなもんじゃない
そう考えた

発達障害の母

バイトが終わって、すぐに、公園の時計の下に向かった

今日はレポートも書かなければいけないし

ワイシャツのアイロンがけのバイトもあるから

本当ならば早く帰りたかった

どうしても会いたい相手ではない

というか、異性として興味のある相手ではないのだ

私も18,9の年頃の女の子で

高校まで男女交際なんかまったく考えてもいなかったのだ

東京に出てきて彼が欲しいと思うのは当たり前だろう

私には母があんなだったせいで、小さいころから

父に世話をよくしてもらった記憶がある

自分で靴下も履けなかったころは

いつも父に履かせてもらっていた

だいたい、父と似たところが多いと勝手に思っていたり

少しファザコンの気があるのだ

頭がよくて心優しく、田舎の役所の職員としては

おしゃれでセンスが良く、話が面白い

娘が考えるのだから、かなりデフォルメされているのだが

彼を作るならばそんな男性がいいと思っていた修二のような

ちょっと、頭の足りないような、オドオドとした

男には興味がなかった

速水の悩み

優人は速水をミキのいる実家まで送ると
すぐにみぃのところに相談に行った
みぃは笑いながら

「今は放っておきなよ
もう、この世界には帰って来ないかもしれないけどね
速水のことよりも、優人、あんただよ
速水のマネージャー以外の仕事でもやる?
やってもらいことはたくさんあるけれど」

優人は確かに速水以外に興味はない

「あ、出来たら、今までの速水の映像とかまとめサイト作って
色々、流しましょうか?
これ、有料にしてもかなり売れると思いますけど」

出来たら一生、速水関連のことをやっていきたい

みぃは不思議そうに

「ねぇ、優人は辛くないわけ?
今までも不思議に思っていたんだけど
あんたはハーミーのすごい絡みを企画したり
そばで撮影を見ていたりして
速水は芝居ではやっていけないから
本気の喘ぎ声を聞きながら
なんとも思わないって言うのも
ファンにてしていたからって思っていたけれど
こうなると、少しは違う感情が出てくるんじゃないの?」

みぃは正二がミキのことを死ぬまで忘れなかったことで
今でも心の奥がいたくなることがあるのだ
それを考えると、辛ければ優人が辞めていっても仕方のないことだと
思って、退職金でも弾むか!みたいな気持ちで聞いてみたのだ

発達障害の母

振り返れば、修二だった

昼の光の中で見る修二はまるで天使のようで

それでいて、暗闇の中でしか生きていないような

そんな矛盾をはらんで見えた

そこに、全く知性のかけらもないような笑顔が重なって

私の好みから言えば、こんな男はごめんだと思ったものだ

しかし、ちょっと、母のように困ったまなざしで

つかんだ手を離せないように見つめられると

どうしようもなくなって

 

「今からバイトだから、えっと、

あの、新宿の公園の時計の下に9時で!

あ、今日は仕事?」

 

すると、首を振る

私は頷いてうどん屋に入った