速水の悩み

「もう、仕事はしない
今日から、もう、行かない」

優人はすぐに連絡を取って
みぃと話す
みぃは面白がって、別にいつ辞めてもいいのだから
そう言って携帯を切る

「で、どうします?」

「家に帰る!」

「家って?実家ですか?文京区の?」

「うん。もう一回、あの家で普通の女の子に戻りたい」

優人はとっさに

「でも、元の女の子には戻れませんよ」

そう言いながら、自分なら戻れる
自分ならもう一度実家に戻って、普通の仕事について
ネットでポルノサイトの仕事なんかしていなかったていを装って
もう一度親の期待に応える人生に戻れる
でも、速水は無理だ
もちろん、濃いメイクはしていたが
たぶん、ハーミーを知っている男ならば
すぐにわかるはずだ

いくらタケオが欲しくても体以外は無理なのだ

発達障害の母

講義が終わって、急いでバイトに走った

うどん屋の伯父さんは講義が長引いたと言えば

私と恵子ちゃんは特別扱いで

他に何人か使っている人間はいたが

 

「学生さんは仕方ないよ!」

 

そう言ってその遅れた時間さえ時給をくれることがあった。

でも、それに甘えてはいけない

今日は恵子ちゃんは母親が緊急入院したからと

朝から静岡に帰っていたから

同じシフトの私は人手が足りないのもわかっていた

走ってうどん屋の裏に入ろうとしたら

誰か大学の門からつけて来ていたような男が手を引っ張った

つけてきている男がいるのは何となくわかっていたが

振り返ることもなかったし、気のせいかとも思っていた

そのうち追い越すかもしれないとも思っていた

速水の悩み

それでも、今はマネージャーだ

「その、沙羅さんて人、木、金の夜
えっと、四時から八時だそうですよ」

「そう」

「いったいどうしたんですか?
これから、どうします?
やっぱり今日の仕事は無しですか?」

速水は驚いた
もちろん、自分にだ
昨日まで、毎日の仕事は楽しかった
自分の性的満足を万人に見てもらって
それが極上の楽しみで
安全はみぃが守ってくれて
お金はうなるほど入ってくる
ほんの昨日の夜までそれが人生のすべてだったのに
タケオにあったとたんに100パーセント価値観が変わってしまった

もう、この仕事は嫌だ
タケオが男娼であることを
その沙羅って子に、やっていることを言えなかったように

タケオに恋する速水は今の自分がすべて恥辱にまみれていて
沙羅に嫉妬する権利もなければ、純粋な恋などできる
人間でもないと気が付いた

発達障害の母

そんなわけで、どうしようもない感じで修二とは別れた

 

「また、絶対来てね!」

 

その言葉の修二の目はまるでもう一度会えなければ

どこかに沈んでいく、カワウソのようなまなざしに思えた

 

それでも、恵子ちゃんと二人で帰りながら

 

「『また!はないよね~、来たいのは山々だけどね~

こんなに男にちやほやされるのなんか、人生で初めてだもん

でも、見た!?

あの女の子たち、グッチのバッグとかシャルルジョルダンの靴とか

みんな、お金あるよね~なんで?

それに、勉強しなくても大丈夫なの?

明日の講義の下調べ、帰ってからやらないとだし

寝る暇ないじゃん」

 

恵子ちゃんのその言葉を聞きながら、

毎日、朝から晩まで、入れられる時間にはすべてバイトを入れ

その合間を縫って勉強して、一日はあっという間に過ぎていく

私たちには確かに別世界だと思った

修二のことは気になったけど

所詮、世界が違うし、接点なんか何にもない

速水の悩み

優人はコンビニに入りながら
ものすごい喪失感に襲われた

速水は凄いのだ
優人は引きこもる前から
ネットの中のエロサイトの女の子のには
相当詳しかったのだ
母親が聞いたら泣きそうな話だが・・・・

もちろん、ハーミーが現れる前のみぃがすごかったのは知っている
でも、あの透明感と天使のようなたたずまいと
ものすごいエロ感はハーミーにしか出せないし
今から、もっと、熟成してくる楽しみは
優人だけが思っている楽しみと期待ではなく
すべてのファンの思いだと思う

もちろん、その存在感のハーミーと
こうして、車の後ろに黒い部屋着で乗っている
速水は全く別物なのはわかっている
金銭的な理由が何もないのだから
辞めるのは仕方がない
そう、世間的には大ぴらに人に言えるような仕事でもない

でも、こんな、中学生のような恋のために辞めるなんて
悲しすぎる

発達障害の母

それでも、その頃の下宿してる貧乏な学生なんか

電話を部屋にひくこともできず

携帯が普及している時代じゃなかった

それこそ、今時のお笑い芸人が肩に担いでいる

大きな携帯がやっと出てきた時代でもあった

もちろん、修二も電話なんかある生活はしてはいない

だからと言って住所を教えるほど二人とも東京に慣れていなかったし

ディスコって場所すら少し不安に思うような田舎者だったのだ

 

そう言えば、私が小学校の頃

浅間山事件があって、あれを見た母が

『大学なんてロクな人間が行くところじゃないね』

そう言って、私が東京の大学に行くって話したとき

そのことばかりを心配していた

うちの親戚にはまだ、だれも

大学に行った人間はいなかったから

母がそのことばかりに固執していたのも仕方のないことだったかもしれないが

速水の悩み

昨日、タケオが帰る前に
だいたいどこのコンビニかあたりをつけていたのだ
優人は仕方なく、そのコンビニに行った
いったい何なんだ
昨日の男は昼間はコンビニでバイトしているのか?
いやいや、そんなはずはない
コンビニのバイトの時給なんか嫌になるほどの時給をもらっているのだ
じゃ、速水は何しに来たんだ?

「ハーミー、何しに来たの?」

「ああ、昨日知り合ったタケオって男の子の
好きな女の子がここでバイトしてるんだって」

「その子は学生さんじゃないんですか?」

「あ、そう、女子大生!」

「じゃぁ、今はシフトに入ってないんじゃないですか?
平日の午前中とかは主婦のバイトが多いんじゃないかな」

速水はそう言うことも知らなかったから
優人を見直した

「へぇ~そうなんだ、じゃ、ちょっと、調べて来てよ
その女の子がいつ入っているのか」