発達障害の母

「家まで送って行くと

三ちゃんはあの性分だから

俺たちに水でもくれようとして

寄って行けって腕を離さないんだ

水って言ったって砂糖が入った麦茶だったけど

三ちゃんはそれを水って言ってたな」

 

友くんが懐かしそうにしゃべる

 

「ああ、あれはあそこのおばちゃんが

お隣に、よく、砂糖を借りに行くんだよ

自分ちに砂糖があるのにさ!

あそこのおばちゃん、昔からケチで有名だったからな

だから、麦茶の砂糖入りも水って言ってたのさ

三ちゃんはそんなことはわからないまま言ってたんだけどね」

 

「ああ、あそこのおばちゃん、ボケるとは思わなかったな

だって、とにかくお金に細かいしケチだし

そういうことになると頭が回るってみんなに言われてたもんな」

 

友くんがあきれたように話を続けた

 

「そんで、家に入ると、三ちゃんはそれを湯呑に入れて

俺らにくれるんだよ

でも、それがおばちゃんに見つかると

俺らがいる目の前で三ちゃんを火箸で叩くんだ!

俺ら一度、それを見てからは三ちゃんちに行っても

絶対、何も食べないよう、飲まないよう

気を付けたんだよな

あのおばちゃんの様子を見てたら

ああいうこと、やりかねないような糞ババァだったんだ」

発達障害の母

「もう、ボケているからって、本当のことを

言うとは限らないでしょう?」

 

私は二人がどんな風に考えているかわからないので

何となく言ってみる

すると、二人とも驚いたように私を見て

友くんのほうが

 

「ああ、ネコ、あ~ちゃんは知らないはずだよ

あ~ちゃん、小学校の頃、あんまし三ちゃんと

遊んでなかったし・・・・」

 

私はそう言われて、あの当時の心境を二人に話した

二人は『それはわかる』と納得してくれて

それなら余計わかんないなと二人で頷く

 

「俺や友はだいたい、毎日一緒に帰ってたんだ

あの頃、上級生には腐った奴が多かったから

俺らが一緒じゃないと、三ちゃんは何されるか

わからなかったんだ

三ちゃんが、また、何でも言うこと聞くからなぁ」

発達障害の母

三ちゃんのことは同級生たちはどう思っているんだろう?

それが知りたくてコーヒーを飲みに行く

いい具合にネコと友くんがいた

 

「おお、あ~ちゃん、久しぶり

だいぶ、家のなかで暮らすのに慣れてきたんだな」

 

「母ちゃんに慣れてきたか~、ぶっとんでるもんな

あ~ちゃんのかあちゃん」

 

すっかり二人には気心が通じて安心できる

 

「うん。お母さんの友達のおばちゃんたちが

結構な頻度でやって来て、まぁ、話し込んでいくからね」

 

すると、二人が顔を見合わせて

 

「やっぱりな!三ちゃんのことだろう?」

 

「俺たちも今、その話してたんだ

今や村中、その話で持ち切りだからね」

 

発達障害の母

私たちの中に刷り込まれている親子関係

田舎だとやはり昔ながらの感じで

親のおかげで・・・・

そんなフレーズが当たり前のように使われる

 

「千絵さんもボケてはじめて本当のことが

言えるようになって楽になったんじゃない

だって、あのまま育ててたって独り立ちはできなかっただろうし

子供のために苦労を抱えて人生が終わったんだろうしね

そう、そう、火事でお金が入ったって

あの旦那だったからね~」

 

「でも、あの時、三ちゃんの黒焦げの死体

を抱きしめて、あんなに泣いていたのにね~

いや、ほんとのところはわかんないんだけどね」

 

田舎に帰ってくると

まず、自分が一番で夫は苦労を掛けるもの

子供はやたらお金のかかるもの

そんな話ばかりしている

じゃぁ、その二つがなかったら

この人たちはまともに生きていけているんだろうか?

 

発達障害の母

私は涙が出てきて、その場をすぐに失礼した

頭にくるくる回るのは、あの頃の三ちゃんだった

いつも、教室の隅っこのほうから眩し気に見ていた私

あの頃の気持ちがよみがえって来た

なんて、すごい子供なんだろう?

同い年なのに、なんて優しい子供なんだろう三ちゃんのことを

フランダースの犬』のネロだと思っていたし

アルプスの少女ハイジ』のペータだと思っていたし

燕に自分の目の宝石を貧しい人に運ばせる

『幸福な王子』だと思っていた

そして、私には無理だとここ頃から恥じていた

私はいつだって、母を嫌い、そして恥じていて

そんな自分がとても嫌いだったから私は

三ちゃんには近寄れなかった

発達障害の母

ボケた三ちゃんの母親は

断片的にあの頃、爺さんには手を焼いた!夫が考えた!

火が回ってどうしようもないと思った!

三ちゃんの子育てに疲れていた!

自分が手でしっかり押さえていた三ちゃんに

『福が鎖につながれたままだ!このままだと焼け死ぬ!』

そう三ちゃんにしか聞こえないように囁いた

そして背中を押したのだ

三ちゃんはそれを聞いて火の中に入って行った!

だから、たいそうな保険が下りて

あの頃はよかった!

みたいなことを口走るらしい

その話はすぐに噂になり、みんな、そういえばと

驚いているのだが

三ちゃんの父親はとっくに死んでいるし

千絵さんはボケているし

皆、そんなに深刻なことだとも思わず

茶飲み話に花を咲かせているのが実情らしい

発達障害の母

あのお葬式

たぶん、誰もが悲しみ、誰もが彼のために泣いていたが

誰よりも尊敬していたのが私だとは

誰も知らなかった

それも、鎖でつながれていた犬の福ちゃんを助けに戻って

焼け死んだと聞いたとき

私は涙が止まらなかった

 

「え?あれは寝たきりのじいちゃんがタバコの不始末で

火がでて、三ちゃんは一度逃げてたのに、福がいたから

もどったんじゃなかった?」

 

「それがさぁ

三ちゃんの母親の千絵さん

最近ボケちゃってね、町の老人ホームに入ったんだよ

そこに、山之上の沖ちゃんの娘がヘルパーさんとして

働いているんだけどね

誰彼捕まえては、話すんだって!」