康太の深淵

「夢なんかないの!
だから、パパと暮らしたいのよ
ママと一緒にいれば私のこれからは
今の私にだって言えるわ
有名私立名門女子高、勉強はしなくても大学までは行ける
就職はママのほうのおじいちゃんの知り合いが
大手の企業のお偉いさんばかりだから
私は有名企業のOLさんには間違いなくなれるわ
もし、働きたくないとごねても
お嬢様として家事手伝いでもしていれば
おじいちゃんが面倒を見てくれて
私は結婚相手を探せばいいのよ
才能なんて何にもないから
こんな人生が待っているだけなのよ
全くつまらないわ」

康太はこの、中学生をうらやましく見つめた
そうだ、そうだろう
それでいいじゃないか
勉強するのに、どんなに苦労したことか
康太は勉強が好きだったわけではない
普通の人間になるための切符を手に入れるためには
勉強しかなかったのだ

発達障害の母

「家まで送って行くと

三ちゃんはあの性分だから

俺たちに水でもくれようとして

寄って行けって腕を離さないんだ

水って言ったって砂糖が入った麦茶だったけど

三ちゃんはそれを水って言ってたな」

 

友くんが懐かしそうにしゃべる

 

「ああ、あれはあそこのおばちゃんが

お隣に、よく、砂糖を借りに行くんだよ

自分ちに砂糖があるのにさ!

あそこのおばちゃん、昔からケチで有名だったからな

だから、麦茶の砂糖入りも水って言ってたのさ

三ちゃんはそんなことはわからないまま言ってたんだけどね」

 

「ああ、あそこのおばちゃん、ボケるとは思わなかったな

だって、とにかくお金に細かいしケチだし

そういうことになると頭が回るってみんなに言われてたもんな」

 

友くんがあきれたように話を続けた

 

「そんで、家に入ると、三ちゃんはそれを湯呑に入れて

俺らにくれるんだよ

でも、それがおばちゃんに見つかると

俺らがいる目の前で三ちゃんを火箸で叩くんだ!

俺ら一度、それを見てからは三ちゃんちに行っても

絶対、何も食べないよう、飲まないよう

気を付けたんだよな

あのおばちゃんの様子を見てたら

ああいうこと、やりかねないような糞ババァだったんだ」

康太の深淵

その目はまっすぐに康太を見つめてきて
本当に母親にそっくりなのだ
父親は目も合わせたくなさそうに話す

「いや、お母さんは君と住みたいけれど
君が嫌なら仕方がないと考えを変え始めているよ
ただ、お父さんに君のすべてを託すとなると
金銭的に無理だろうから
養育費は君に直接あげたいって話なんだ」

優未は唇をかんだ

「そうでしょうね
でも、お金をもらったら意味がないわ」

康太はこの不思議な少女に魅せられた
康太から見たら母親の鏡のようなあの母親を毛嫌いしている
康太のこの年頃の頃のようだ
でも、康太はあんな母親ならばどんなに嬉しかっただろう

「君はこれから将来、やりたいことはないの?
これといった具体的なものじゃなくてもいいけど
普通の社会人になるには、最低限のお金がいるよ」

発達障害の母

「もう、ボケているからって、本当のことを

言うとは限らないでしょう?」

 

私は二人がどんな風に考えているかわからないので

何となく言ってみる

すると、二人とも驚いたように私を見て

友くんのほうが

 

「ああ、ネコ、あ~ちゃんは知らないはずだよ

あ~ちゃん、小学校の頃、あんまし三ちゃんと

遊んでなかったし・・・・」

 

私はそう言われて、あの当時の心境を二人に話した

二人は『それはわかる』と納得してくれて

それなら余計わかんないなと二人で頷く

 

「俺や友はだいたい、毎日一緒に帰ってたんだ

あの頃、上級生には腐った奴が多かったから

俺らが一緒じゃないと、三ちゃんは何されるか

わからなかったんだ

三ちゃんが、また、何でも言うこと聞くからなぁ」

康太の深淵

制服は都内でも有名中学校の清楚なもの
真っ黒な髪の毛は肩につかないかつくくらいで
真っすぐに切りそろえられて
顔は母親そっくりで美しい
椅子に座った様子も、すぐにだらしなく座る父親とは
対照的できちっとせず字を伸ばして座り
最近の女子学生では珍しい気がする
そうはいっても、康太が知っている一番若い
女の子は速水だから、こういうきちっとした女の子が
一般的かどうかはわからない

そういえば、速水はどうしているんだろう
今やネットアイドルとしてはすごいことになっているらしいが
姉のミキは何も話してはくれない
もちろん、ミキ自身も全くわからない世界だから
仕方ないのだが

「弁護士の先生ですか?」

「うん、ちょっと、話が聞きたくてね」

「母に頼まれたんですか?」

発達障害の母

三ちゃんのことは同級生たちはどう思っているんだろう?

それが知りたくてコーヒーを飲みに行く

いい具合にネコと友くんがいた

 

「おお、あ~ちゃん、久しぶり

だいぶ、家のなかで暮らすのに慣れてきたんだな」

 

「母ちゃんに慣れてきたか~、ぶっとんでるもんな

あ~ちゃんのかあちゃん」

 

すっかり二人には気心が通じて安心できる

 

「うん。お母さんの友達のおばちゃんたちが

結構な頻度でやって来て、まぁ、話し込んでいくからね」

 

すると、二人が顔を見合わせて

 

「やっぱりな!三ちゃんのことだろう?」

 

「俺たちも今、その話してたんだ

今や村中、その話で持ち切りだからね」

 

康太の深淵

小太りで調子のいい話し方
おまけに少し禿げ上がっている
女好きは隠そうとしない
事務所に入ってきたとたん、すぐに女性事務員に
楽しげに声をかける

「お姉さん、色白いなぁ
口紅の色が似合ってるよ!」

いや、お姉さんではない
事務の角野さんは60くらいだ
でも、お姉さんと呼ばれて嬉しそうだ

優未ちゃんには絶対にお父さんと住みたい!なんて言われているのに
どっちでもよさそうで、責任感とか生まれてくるときに
どこかに忘れてきたような男だ

康太はできるだけ早く仕事を見つけるように言っても
もう、あきらめている
それよりも優未ちゃんを説得したほうが早いと思い
優未ちゃんに会いに行く