......の無い

今までは自分の出自は絶対に誰にもしゃべりたくなかった
特に大学で友人、知り合いになった人には秘密にしたいとまで思っていた
中学受験をして以来、あの、忌まわしい家にまつわる人間は
一人も自分の周りにはいない
いや、あそこの人間たちは今の自分の環境には
どんなに努力しても入れないのだから
そんなことを思っていたのだが
あの小説を読んで、ずいぶん変わってきた

もちろん、司法試験に合格して
確固たる自信ができたのも事実だ

沢村教授はいつものように銀杏並木のベンチに座って
本を読んでいた

「先生。コーヒーでも持ってきましょうか?」

沢村は嬉しそうに康太を見た

「君が一緒に飲んでくれるならば喜んで!」

沢村は康太の横顔やその服の趣味、そして話し方
そこに翔子が見えた
あんなに雰囲気が同じような空気を持っている人間がいるなんて不思議だ
沢村だってわかっていた
翔子のいる世間の場所から考えたら
ここに彼女の親族がいる確率なんかほとんどない
それも、ここの学生にいるなんて考えられない
彼女は確か中卒だったし、生まれはほとんどそんな人間の集まりのようだった
でも、それを否定したことなんて一ミリも思ったことはないのに