魔女
私は学生時代の夏休みのバイトのことは
全く忘れていた
しばらく彼女を見つめても、何も思い出せなかった
「そうよね~もう、30年以上前のことですものね
でも、私、絶対忘れない
私の子供時代の唯一の幸せな数日間だったから」
新大久保のアパート
そのころママは5歳
そんな話をして
「くうちゃんは今どうしてるんですか?」
私はやっと、あの夏のバイトを思い出した
私にとっては結構、実入りのいいバイトだったという感覚しかなかった
「あ、あのときの瑞樹ちゃん?
私、実はお母さんじゃないのよ」
そう言って当時のことを話すと
彼女はそうだったのかと言いながら
実はあれから、いや、あれまでも楽しいことはなかったが
あの後は本当に大変だったそう言いながら
「あの時、くうちゃんは本当に仲良くしてくれたでしょう?
今、どうしてるのかしら
私、子供のころにあんなに楽しく遊んだのはあの時だけ
お母さん、あ、違ってたのね
あなたも、本当においしいものを食べさせてくれて
今でも忘れない
あの、ふりかけご飯」
私も徐々に思い出しだ
あんな質素な食べ物を覚えているなんて
「聞いてよければ、あの時のお母さん?
それから若いお父さん?
あ、火事で死んだ人もいたわよね
あの人たちはどういう人たちだったの?」