発達障害の母
難しいのは笑いのほうだ
わかりやすく、結婚や病気が治ったとか
成功の話には分かりやすく一緒に喜ぶが
冗談とかがわからない、誰もが笑っている時に
キョトンとしていることが子供のころには多々あった
父は落語が好きでよく聞いていたが
母はそれが全くわからない
笑うタイミングとかを逃すことはわかっているから
テレビのお笑い番組や落語なんかは全否定していて
くだらない!と一掃してしまう
私は子供のころは結構落語やなんか好きだったから
そんなに悪い物なんだろうかと傷ついたりしたものだ
単純に善悪がわからないと、それはほとんどくだらない
見る価値のないものとなるのだ
母は歌はものすごく好きだった
速水の毎日
発達障害の母
母はマニュアルとして人間関係のやり方を覚えている
その学習はかなり見事なものだ
人の悲しみ、病気になった、死んだなどは割かし簡単だ
悲しんだふりをすればいい
だから、母はそんなふりはうまいが涙は出せない
しかし普通の人はふりがうまいとは思わない
こんなに他人事なのに悲しんでくれてと喜ぶ
そうして、別れた後にケロッとしている母を
子供のころたくさん見てきた
私が母に対して最初に思ったのは
『嘘つき!』だった気がする
でも、私は父に似て感情は表さないほうが立派だと思っていた
だから、母のことを心の奥でそう思っていても
口にも顔にも出さなかった
速水の毎日
発達障害の母
母に対する愚痴はほとんど
「かわいいおばあちゃんじゃない
歳いったら、そう言うもんよ
ちょっと、お年寄りに厳しすぎだよ」
そう言われると心はざわつくばかりだ
誰もが自分の母親と楽しい思い出があるんだと思う
でも、今、振り返ってみて
そんな物はひとつもない
私の子供のころ母は家族の中心でいなければ我慢できない生活で
「今日会ったことを喋るのが大事なんだって
家族は話をするのが一番よ
明るく楽しくね」
もちろん間違っていない
間違ってはいないけれど
母の言うとおりにするのはバカバカしいのだ
母の一日あったことはほとんどが近所の人の悪口だ
母の興味の対象は低レベルで
小学生の私ですらうんざりするようなことばかり
政治の話や学問の話をするのがいいとは言わないが
人の悪いうわさ話を家族のそろった中で
明るく話されると子供ながらにうんざりしていたものだった
速水の毎日
発達障害の母
実際のところはわからないが私は確信した
しかし、こんな話をその友人にすると
「そんな母親いるわけないでしょう
何やかやと母親のせいにしすぎだよ
人のせいにする人って
ほら、あの人!」
そう言いながら嫌なママ友のことをしゃべり始める
そうだと、私もわかる
人のせいにする人間は下衆だ!
わかっているから今まではそれを口にせずに来たのだが
自分が五十過ぎて、体のあちこちにガタが来ると
もう、立派な人間だなんて思われなくてもいい
友人が去って行ったとしても
母のことは思ったままを口にしたい
今はそう言う衝動に駆られているのだ