発達障害の母

そんな話をしていると

友君の奥さんが真っ青な顔をしてやってきた


「うちの人

ここにいるんじゃないの?」


もう必死の形相だ


「え?いないよ、なぜ?」


すると


「だって、いつも、あの喫茶店で

2人で会ってたでしょ!

うちの人からお金巻き上げたのも

あんたでしょ?

三ヶ月前から支払い、何もしてないし

通帳も印鑑も土地の権利書も

全部持って出てる!

村のみんなからあんたが帰って来た時から

あんたには気をつけろって言われてたのよ

早く出しなさいよ!」


村の噂には尾鰭がつく

悪気をまぜると面白くなるから

話す本人が思いつく適当なスキャンダルを

一緒に話す

すると、それを聞いた人が次の人に話すときは

それが本当となって噂になったりする


そして恋人へ

「うん」

その返事は康太が大人として
口だけで答えたものではなかった
その気持ちはすぐに優未に伝わった

「私、戸田さんと暮らしたい」

康太はそのときに
もう、何も考えまいと思った
優未がこうなったのは
あの時自分が受け入れなかったからだ

長い間、常識外れの男遊びをする
母親を嫌い、軽蔑し、忘れたいと思っていたが

自分もそこに踏み出そうと思った
そうすることで
優未を幸せにできるのならば
自分が全てを飲み込めばいい

「この事件が全て片付いたら
僕が君を引き取るようにしよう
それでいい?
君が嫌ならいつだって僕から離れていけばいいから

発達障害の母

「まぁ、その女の人と別れたくないし

奥さんともうまくやりたいって

言うのはわかったけど

お金の方をなんとかしないと

2人ともにいい顔するのは無理じゃない?」


と、私のは理屈通りのことを言ってみたが

ケロとネコはニヤニヤ笑うだけだし

2人とも貸せるお金なんか持っていない


その日から1週間くらいして

朝のご飯を母親と一緒に食べていると

母が


「あんた、なんか知らない?

今朝、その向こうの田んぼの草切りに来ていた

本家のおじいさんが

友さんがいなくなったって言ってたよ」


「え?昨日、畑で仕事していたのはみたけど」


「そうかい?夕べから帰ってないんだって!」

そして恋人へ

病院の白い部屋で
ベッドに横たわっている優未は
本当に小さな子供に見えた
ぐっすり寝ている

何も考えないまま
康太は優未の白い手を取って
握りしめた
こんなにこの子を大事に
思う自分に気がついて
怖くなった

パッと手を離した途端

「戸田さん?
やっと、会えた!」

優未が目を開けて、康太の手を探した

何か考える暇もなく
康太はもう一度
華奢な白い手を握りしめた

「やっと、会えたな」

その言葉は感情からだけのものだった

「戸田さんも?」

発達障害の母

田舎とは不思議なところだ

不倫、浮気、私生児、万引き

借金、朝の味噌汁の具が気に入らないなんて理由の夫婦喧嘩、子供のテストの点

どんなことも悪いことはすぐに

意地の悪い噂になる


なのに、そこには面白がるだけで

憎しみはなく、人間はどうしようもない

生き物だというのをみんなで許しあっている


たぶん、それはいいことなんだろうけれど

私にはできない

それは私がこの村を出てから長いから

というよりも私の性分のようだ

そして恋人へ

「まぁ、まだ、中学生ですからねぇ
お金にあかせて、二十歳だとかなんとか
ごまかしてホストクラブに
出入りしてたんですけど
ホストだってプロだから
実はわかってはいたんです
でも、彼女、あの美貌でしょう?
お金がなくなってきたら
ホストたちの取り合いになって
今回刺されたホストが
レイプまがいに犯そうとしたみたいなんですよ
ホストが客の女を自分の贔屓にする方法ですけど、彼女、処女だし
そんなつもりはなかったから
刺しちゃったみたいなんですよね
まぁ、正当防衛も成り立ちそうな案件なんで
心配しなくても大丈夫ですよ」

そう、聞いて康太は優未の病院に
飛んで言った
あの時、自分の気持ちなんかに
振り回されて、まだ、中学生の
優未を遠ざけるべきではなかった
そう唇を噛み締めた

発達障害の母

私は笑いながら
ああ、そういう村だった
そう、思い返した

今でこそ芸能レポーターや週刊誌が
不倫だというだけで大騒ぎするから
都会では、表面上はあり得ないことのように
話したりはするが
実際はどこにでも転がっている話で
田舎ならばそういうことは
笑って許すのが常識なのかもしれない

ケロが私のその表情で

「ああ、そうだよ
田舎は普通なんだよ
昔は特にそうだっただろう?
俺んちなんか、お袋が死んで
葬式を出した夜から
あの女が泊まりにきてたけど
それは男の甲斐性だって
誰にも咎められなかっただろう
だから、俺はあ〜ちゃんの気持ちはわかるけど
こいつらみたいにずっと村にいる連中は
こんなもんなのさ」