康太の深淵
発達障害の母
本当は16の時にこの村を出て
母からも離れて、
世間の一般常識とかワイドショーの基準のようなものに
どっぷりつかって生きてきたし
16の私には村の卑猥なところなんかまったく見えてなかったから
かなりショックなのだけれど
それはうまく隠した
隠したと言うよりも、ここに帰って来て
目の前で繰り広げられる現実に
もう、お手上げ状態になっていた
私が生きることの指針にしてきた
頑張る!努力する!誠実に生きる!
こんなことはすべて否定されて
今はただひたすら、ああ、そんな人生も
本人がよければいいのだろう
そう考えることにしたのだ
そうしなければ16でこの村を出て
母とはかかわらないようにして
その分、頑張らなきゃいけないと心の奥底にあった
わけのわからない罪悪感はなんだったんだろうと
むなしくなってしまう
康太の深淵
発達障害の母
少し笑顔がこわばりはしたが
私は笑って
「わかってるよ
私がこの村を出てから長いと言ったって
この村に16までいたんだよ
それが、そんなに深刻なことじゃないことくらい
わかっているから、安心して」
「そう、よかった
この村では不倫や浮気で済むなら
誰も、陰口はきいても怒ったりしないのさ
その陰口も夫婦の愛情が誠実じゃないとかじゃなくて
あの、若い夫は私の誘いは蹴ったくせに
あそこの嫁の誘いは受けたみたいな
わけのわかんない愚痴みたいなものだけどね」
今度は私は本当に苦笑いした
「子供ができたって、あんまり深刻な問題じゃないしね」
村では自分の夫の子供じゃない子を産んでいるなんて
結構ある話だし
夫もなんとなく納得しているのだ
その子供を分け隔てなく育てるのだから
それはそれで、素晴らしいのかもしれない
康太の深淵
発達障害の母
冷静に考えれば何も悪いことではない
警察に捕まるような話でもなければ
誰かが傷ついたとしても、舌打ちくらいで済む
そんな純粋さはこの村には一つもない
奥さんが一範に抱かれても
まぁ、仕方がない
すぐに離婚だの不倫だの騒ぐのは
東京の進んだ人たちだ
この生活のほうが大事なのだ
もう、この村を出ていくつもりもないし
ここにいれば自分の土地ってやつが才覚なしに
ほとんどの村人にある
男たちだって農協の旅行だと銘打って
ちょっと、スケベなことにはめをはずしたりしている
男たちは奥さんの一範とのことを怒ったり大事にはしない
だいたい、舌打ちくらいで終わることなのだ
ネコはそれもわかっている
「なんか、しょうがないよ
こんな村で一生を送っていれば
刺激はほしくなるしな
それを許す土壌もちゃんとあるんだから
あ~ちゃん、おふくろさんのこと許してやれよ」