康太の深淵


そのことの繰り返しの毎日
康太は自分がDVの夫であることに
嫌気がさしながらも
こうして手をあげないと、ミツホの失敗を許すことができず
ミツホも出平手でたたかれるくらいならば
そのあとの康太に抱かれることの楽しみがあるから
そう、傷ついてもいなかった
これが、康太とミツホの夫婦の形なのかもしれない
康太は平手で叩く以上のことは絶対にしなかったのだから

そんな日々のある日
康太がミツホを叩いている、その現場に
ミツホの母が飛び込んできた

「何してるの!
ミツホに何をするの!!!!!」

ミツホはこの場の取り繕い方もわからないし
康太はこんな場面を見られてしまった恥ずかしさに
呆然と立ちすくむだけだった

発達障害の母

本当は16の時にこの村を出て

母からも離れて、

世間の一般常識とかワイドショーの基準のようなものに

どっぷりつかって生きてきたし

16の私には村の卑猥なところなんかまったく見えてなかったから

かなりショックなのだけれど

それはうまく隠した

隠したと言うよりも、ここに帰って来て

目の前で繰り広げられる現実に

もう、お手上げ状態になっていた

私が生きることの指針にしてきた

頑張る!努力する!誠実に生きる!

こんなことはすべて否定されて

今はただひたすら、ああ、そんな人生も

本人がよければいいのだろう

そう考えることにしたのだ

そうしなければ16でこの村を出て

母とはかかわらないようにして

その分、頑張らなきゃいけないと心の奥底にあった

わけのわからない罪悪感はなんだったんだろうと

むなしくなってしまう

康太の深淵

思わず、
本当に思わず
そのミツホの顔を平手で叩いた
ハッとしたのと後悔が一緒にやって来たが
口は

「女なんかいるわけないだろう!」

そう言って怒鳴る
すると、ミツホは康太の胸に飛び込んできて
ごめんなさいごめんなさいと言いながら
涙を流す

康太はミツホを久しぶりに抱きながら
それでも、謝る気にはなれない

普通DV夫は殴った後に、
謝って、二度としないと許しを請うらしいが
康太はそんな気にはなれなかった
そして、ミツホのほうは
心の憶測で喜んでいた
今まで何をしても夫は感情を見せてくれなかったが
今、初めて心を開いて、そして抱いてくれる
それだけでミツホは嬉しかったのだ

発達障害の母

少し笑顔がこわばりはしたが

私は笑って

 

「わかってるよ

私がこの村を出てから長いと言ったって

この村に16までいたんだよ

それが、そんなに深刻なことじゃないことくらい

わかっているから、安心して」

 

「そう、よかった

この村では不倫や浮気で済むなら

誰も、陰口はきいても怒ったりしないのさ

その陰口も夫婦の愛情が誠実じゃないとかじゃなくて

あの、若い夫は私の誘いは蹴ったくせに

あそこの嫁の誘いは受けたみたいな

わけのわかんない愚痴みたいなものだけどね」

 

今度は私は本当に苦笑いした

 

「子供ができたって、あんまり深刻な問題じゃないしね」

 

村では自分の夫の子供じゃない子を産んでいるなんて

結構ある話だし

夫もなんとなく納得しているのだ

その子供を分け隔てなく育てるのだから

それはそれで、素晴らしいのかもしれない

康太の深淵

仕事にのめりこみ、家には帰らなくなる
家に帰らないと、家事をどこまでやればいいのか
食事は二人分でなければ、いったいどうすればいいのか
そんなことの調整のつかないミツホはだんだん、家の中を
ぐちゃぐちゃにしてしまう
久しぶりに帰って、家を見ればくつろげる場所など何もない
ただただ、戸惑ったように言い訳するミツホがうっとおしいだけだ

着替えを取りに帰ると
散らかったソファの横で
ぼんやりと座っているミツホがいる
帰って来た康太はごみを蹴散らしながら無言で
着替えを探す
自分の服の選択をしながら、部屋の掃除をする
最近では選択と掃除に帰っているようなものだ

「女の人がいるのね」

ミツホがわけのわからないことを言う
康太は相手にするのもバカらしくて
黙って掃除をする
ある程度片付くと

「一週間に二度、家事代行の人に来てもらうよ」

そう、答える
ミツホは自分は康太のいろんな質問に
トンチンカンな答えをするくせに
康太が答えないのを怒る

「女がいるんでしょう?」

発達障害の母

冷静に考えれば何も悪いことではない

警察に捕まるような話でもなければ

誰かが傷ついたとしても、舌打ちくらいで済む

そんな純粋さはこの村には一つもない

奥さんが一範に抱かれても

まぁ、仕方がない

すぐに離婚だの不倫だの騒ぐのは

東京の進んだ人たちだ

この生活のほうが大事なのだ

もう、この村を出ていくつもりもないし

ここにいれば自分の土地ってやつが才覚なしに

ほとんどの村人にある

男たちだって農協の旅行だと銘打って

ちょっと、スケベなことにはめをはずしたりしている

男たちは奥さんの一範とのことを怒ったり大事にはしない

だいたい、舌打ちくらいで終わることなのだ

 

ネコはそれもわかっている

 

「なんか、しょうがないよ

こんな村で一生を送っていれば

刺激はほしくなるしな

それを許す土壌もちゃんとあるんだから

あ~ちゃん、おふくろさんのこと許してやれよ」

 

康太の深淵

康太は姉のミキが家族の
特に康太のためには心を砕いてくれて
食事も本当に心を込めて作ってくれていた幸せを思う
勉強で疲れた時にほんとうにちょうどいいタイミングで
軽い食べ物を作ってくれたり
中学に入るまでは勉強するべき問題集を
ひたすらコピーしてくれたり
お金もなかったし、父母は康太に興味はなかったし
祖父はただ、楽しく生きていたい
そんな環境の中、あの家に帰りたいと思わせてくれたのは
姉の優しさだった

今、ミツホとの家庭にはそんなものは一つもない
なぜ、自分がミツホと結婚したのか
後悔でいっぱいになる
慣れてくると、康太が朝、家事に関しての的確な指示をして
ミツホはそれをやりきることだけが
二人の結婚生活だと考えている

康太は家に帰ることそれ自体が、苦痛になって来た