発達障害の母

「最近ネコは?」

 

ネコもこの村の農業に忙しい時期には

ここでコーヒーを飲んでいる場合ではないのだろう

 

「ああ、今、東京に行ってるよ

うちの村の特産品を置いてくれる店を開拓に

行ってるんだけどね

なかなか、大変そうだよ

今時って、どこも着ぐるみとか作って頑張ってるからね

うちは予算ないし、みんな、なんでもかんでも

反対するんだよ

ネコ、一人で走り回ってる」

 

「そっか、大変だよね」

 

ネコはやはり代々村長の家の息子だ

 

「そういえば、雅ちゃんの妹

東京に出稼ぎに行ったんだぜ」

 

「え?あの家はもちろん、お金はないとは思うけど

家の周りに食べるくらいの野菜やお米は作ってるでしょう?」

 

それに、親の年金があれば贅沢しなければ

わざわざ、東京に出ていかなくてもいいんじゃないか

そう思って驚いて友くんを見る

 

街の灯り

「なんか、めちゃくちゃやられて
それで、たかちゃんが助けに行ったときには
すっかり、終わった後でね
それで、たかちゃんも散々殴られて
あの時は警察沙汰にもなって、すごかったよ~」

でも、自業自得だ
あの母と似ている祖母ならば、かわいそうだなんて思えない

「その時の子供が、ミキちゃんの母親だよ」

「え?子供はいたんですよね
お母さんの上に子供はいたんでしょう?」

「その子はそれから一年もしないうちに
病気だ死んだんだよ
だから、あんたの母親は
たかちゃんの子供じゃないんだよ」

ミキは驚きのあまり声も出なかった

「それで、そのおばあさん、僕のひいおばあさんだよね
その人はどうしたの?」

「たかちゃんの子供じゃない赤ん坊を産んだ後
家を出て、それから、何年かして死んだんだよ
悪い病気をもらっていてね」

発達障害の母

久しぶりに友くんがコーヒーを飲みに来ていた

手広く農業をやっている彼は忙しい時期は

コーヒーを飲みに来ることすらできないくらいに

大変らしい

 

「久しぶり!忙しそうね」

 

「いや、人手がないからね

長いこと手伝ってくれていた人たちは

いいかげん年取ってきたから

力仕事はもちろん草むしりすら大変だし

若い奴は肉体労働はしないからね

まぁ、絶対数も少ないけど

家族で目一杯やるしかないから

息子の嫁とかがかわいそうだよ」

 

「そう、でも、お舅さんが優しいから

うまくいってるんじゃないの?」

 

友くんは嬉しそうに

 

「まぁな!しかし、孫がなかなかできないから

母ちゃんが気をもんでさ

梅雨が来て、ちょっと、暇になったら

ハワイにでも若い者二人で行かせよう

なんて言い出して、そのための貯金だとか言って

俺の小遣いへらしやがった」

 

そんなことを嬉しそうに話す友くんは平和だ

 

街の灯り

おばあさんはミキのほうを気の毒そうに見ると

「ミキちゃんにはわかるだろう?
あんたのお母さんがそっくりだったからね
だいたい、たかちゃんを射止めたのも
私らは恥ずかしがって、夜、お父さんを運んできてくれた
たかちゃんにお茶を出すのがやっとだったけど
ふみえちゃんは、まぁ、やり手だったからね」

おばあさんに言われずともそんなことだろうと
ミキは思っていたから
先の話が聞きたかった

「それがね、結婚した後
たかちゃんも水商売だから
まぁ、女が放っておかなかったし
ふみえちゃんも好き放題遊んでいたんだけどね
そのうち子供ができると、
あんたのお母さんさ!
たかちゃんは大喜びで
ちゃんと子供の面倒を見ないふみえちゃんを
殴るは蹴るわ、大変だったんだよ
近所中で止めたりしてね
いまなら、ドメスティックなんとかで警察行きだよ
それでも、まだ、その頃はふみえちゃんの親がいたから
二人が赤ちゃんの面倒を見てたんだけどね

ちょうど、そんなころだよ
あの事件が起きたのは
ふみえちゃんは母親になったのに
派手な格好をして飲み歩いていたから
川向こうのやくざに目をつけられてさ」

発達障害の母

母が発達障害であるのは間違いない

子供たちの幸せのために何ができるかと考える

キャパがないのは仕方がない

何かと覚えられないのは仕方がない

おいての心を読んで忖度できないのも仕方ない

そうどんなに思っても、どうしてもいらいらと悔しい思いになる

 

そして、そこがこの村独特のそんな空気とあいまって

もっと、母やこの生まれた土地がいやになる

 

母は乏しい知識をこの村ですべて手に入れている

それならば、母のやっていることはこの村的には

正しいのだ

母の出て行った玄関を見ながら

今の世の中でこんな世界がまだあったことに愕然とする

まるで2チャンネルのように閉鎖されたような社会

しかし、2チャンネルと違うのは、そこに知性のかけらもない

ということだ

 

すぐに東京に逃げ帰りたい

ここには二度と戻ってきたくはない

そう思うだけ思ってあきらめた

やはり、母は一人にはできないから

街の灯り

「それでね、その頃、うちと同じように
お父さんが飲んだくれて酔いつぶれるのが
あんたたちが住んでた家の娘のふみえちゃん
だから、たかちゃんはうちとふみえちゃんちに
よく夜、来てたんだよ
うちは三人も娘がいるのに
結局、ふみえちゃんがたかちゃんを射止めて
それで、たかちゃんはあそこの入り婿になったんだよ」

おばあさんの残念そうな顔を見ていると
ミキはなんだかうれしくなってきた
ショウも自分の祖母が勝ったと思うのは楽しそうだ

「でもね、うちの誰かと一緒になってれば
よかったって思うよ」

おばあさんも年を取ったせいか
二人の心を斟酌したりはしない
本当の話が聞きたいのだから
それはそれで、いいのだけれど

発達障害の母

母はそんな私の言葉など全く聞く気がないようだ

 

「だって、なんだか、テレビの中の人たちみたいじゃない

今度生まれてくる子供もドラマの中の子みたいだし」

 

そう言いながら嬉しそうに持って行く

あ、そういうことかと納得する

村では誰もが貧しくて、そして、変化はほとんどない暮らし

誰もがお互いを見張りあっているようで

何かしでかせば、徹底的に叩かれる

でも、そこには村にいられないほどのいじめはない

蛇の生殺しのように長いこと小さな声で言われるだけだ

それは貧しい仲同士の暇つぶしのようなものだ

雅ちゃんの旦那とみっちゃんの後家の話は

かなり背徳感張るけれど、それを相殺するほどの

お金が見える

そこが村の人たちの心のどこかに

浮き浮きしたしまうような楽しさも運んできたのだ

もしかしたら雅ちゃんが旦那に殺されていたりしても

誰も、そこは口をつぐんで知らぬふりをするのだ

そしたら、いつかは自分たちも

彼らの財産のお相伴にあずかれるかもしれない

そんな期待を込めてみんな、彼らの家に足を運ぶのだ