誘惑の花

スピカが学校に行っている間

あの、アパートを訪ねてみた

まさか、りさ子はいないだろうが、念のため

ドアを叩いてみる

出てきたのは太って眼鏡をかけている、大男だった

もう、きっと、引っ越しているだろう、そう思ってドアを叩いたのだが

その顔はスピカが最初に京子のところに来た時と

あまりに似ていたから

あ、これが父親だとすぐに思った

やはり凶暴な男なんだろうか?

りさ子とはどうなったのだろうか?

あの時、りさ子は知り合いの女の子にお金を払って

この男と寝てもらう

そうすれば、離婚なんかすぐにできる

そんなことを言っていた

本当にそんなことをしたのだろうか?

京子の頭の中にはそんなことがよぎっていたのだが

ふと、その男の手に握られた本に目が行った

 

「何か用ですか?」

 

その言葉つきは穏やかなものだった

そして、その男は京子の身なりやしぐさから

どうやら、訪問販売ではないらしい

そして、何やら思いついたように

 

「もしかして、りさ子の田舎のお母さんですか?」

 

やはり、この男がスピカの父親だろう

 

誘惑の花

京子はスピカを私立の小学校にやるのはやめた

それはお金がかかるとか、面接で両親がそろっていないと

合格しないとか、そう言うことではなくて

スピカがものすごく、勉強が好きになって

出来がお受験とかそう言うレベルではないのだ

今は公立の小学一年生ながら

中学生の数学教室に通っている

心配した集団生活も、何事もなく

ダントツに頭がいいことで、誰もスピカに意地悪をしよう

そんなことは考えないし

小学校レベルならばどんなことでもできないことはない

京子はこんなに頭がいい子になったスピカの遺伝を考える

りさ子はバカそうだった、俊哉の家系も

美奈子の家も、そんなダントツにすごいことなんかないはずだ

突然変異?

京子はりさ子からしか話で聞いたことしかない

スピカの父親のことが気になった

誘惑の花

京子はハッとした

ああ、彼女の戸籍をしっかりしなければ

お受験なんかとんでもないことだ

だいたい、自分の子供たちが受験の面接のときに

両親そろっているのが、

大っぴらには言われていないが

受験の絶対条件だった気がする

小学校受験では離婚まじかの夫婦でも

受験が終わるまでは何とか我慢するのは常識だったのを

思い出した

だいたい、りさ子はラインだけでつながっているのは間違いないが

全く音信不通

何度、呼びかけても既読にすらならない

父親はまだ、あの部屋にいるのかもしれないが

スピカをどうするかわからないような人間ならば

こちらからコンタクトはとれない

じゃ、幼稚園は近くの受験など関係ないところにし、

公立の小学校に上げるしかないのか?

だいたい、今までスピカは病気一つしないで済んだが

これからは保険だっているに決まっている

そんなことの手続きがしばらく続いたのだが

スピカはこの穏やかな、京子との日常が幸せそうで

児童相談所も問題なく、京子の養女とすることに同意した

誘惑の花

家の中ではいつだって、スピカと京子のふたりだ

京子は生まれてから3年、父からも母からもまともに

愛されることもなく、最後は母に捨てられる

この子にできるだけのことをしたい

それが、俊哉とは人生を共にしなかったが

万が一共にしていたら、スピカのような子供を

授かっていたかもしれない

そう思って、お受験の勉強もできるだけ楽しく

二人で何度もやる

何度もやるのは京子から言い出すのではなく

虹の絵を書いて、上から間違わずに色を塗るとか

お話を聞いて、犬さんが何匹出てきたとか

その数の丸を書く

そんなことが面白くてたまらないようで

何回もやりたがったのだ

折り紙で作る虫や動物も大好きで

気がつけば、座って折っている

だから、このお稽古に通っている間

スピカはいつも一番だった

 

「いつもよくできて、スピカちゃんすごいですね」

 

良く、一緒に待っている医者の奥さんや

お金持ちそうなおばあさんに感心されるやら

嫉妬されるやらだ

 

「いつも、おばあさまといらっしゃっているけれど

ご両親はお二人ともドクターとかなんですか?」

誘惑の花

スピカは大人は京子以外は油断ならない

心の奥底に、そんな気持ちがあるのはよくわかった

京子のところに来た時

京子が髪の毛を梳いてあげようと、

ふっと、頭に手をやったことがある

すると、首をすくめ手で自分の頭を覆った

やはり、父親だけでなく、りさ子にも手をあげられていたのだろう

ここにきて、京子は絶対にそんなことはしない

そう理解するまで、かなりかかった

だから、お受験用の教室でやっていけるのだろうか?

と心配していたが、京子がいつも、その教室の外に座っていることで

安心しておけいこができるようだ

外に座っている母親、祖母はは京子だけでなかったので

この年頃は、まだまだ、一人で何かをするのは不安なのだし

大人の言うことを聞かずに好きに動き回ったりすることも

当たり前のことらしい

京子は自分の子供たちの時にはそんなこと考えたこともなかったくらい

自然でのびのびして、それでいて大人を信じて

言うことを聞けば、自分にとっていいことがあると理解していた

しかし、スピカの場合は大人を信用していないから

教室の中で好き放題動くこともないし

絶対に言うことを聞かなければ、何か暴力を受けるのではないか

そう言う意味で、優等生だった

 

一緒にお稽古が終わるのを待っている母親や祖母に

 

「スピカちゃんは凄いわね~

何でもよくできるし、おとなしくてうらやましいわ」

 

京子はその言葉にイエイエと言いながら

スピカの今までの可哀そうな生い立ちに心を痛めた

 

誘惑の花

さて、スピカはどうしよう?

京子の子供たちはスピカに関して

その経緯を聞き

もちろん、昔、不倫した相手の孫だなんて話していないが

知り合いの孫で可哀そうな子である話はしている

母親がここに置いて逃げた話に二人とも同情し

できるだけ良くしてあげたほしいと

実家に帰ってきたときには、スピカをかわいがってくれる

学校に関しても、できたら自分たちと同じがいいんじゃないか

そう言ってくれる

スピカを連れていくつかの幼稚園を見て回る

やはり付属の幼稚園が緑がいっぱいで素敵に見えたのだろう

 

「私、ここがいい!」

 

そう言った

そうなると、ここは幼稚園受験がある

それからは、二人の子供たちも通った

お受験用の教室に通うようになった

誘惑の花

自分の子供たちは少し遠いが電車で二つ先の

私立小学校の付属の幼稚園に入れた

それはもちろん、その上の私立小学校に入れるためだ

その頃の京子はこの、東京で勝ち組になるには

子供の学校は絶対私立だと理解していた

どんなにお金持ちになっても、子供が公立の小学校など

それは、本当に成金だと思っていた

代々私立にやる家柄の金持ちにはなれなくても

なんとか私立にやっていることで、同じくらいの

家族たちから頭一つ抜きんでている気になっていた