発達障害の母

もう、30年以上も前になるが

修二に会ったから、母が悲しいのだ

修二はどうなったんだろう?

あんなにきれいでエロくて、そして純粋だった男の子

同じ発達障害でも母とは心の色が違う

修二と別れてから、私は大学に戻るなんてこともできるはずもなく

恵子ちゃんにしこたま怒られて、それでも

あの当時は就職は売り手市場、普通のOLになったのだった

良く、友人に話すとき、知能は小学三年程度

そう話すことがあるのだが

誰もがかわいらしくて、純粋で無垢な小さな女の子を

思い浮かべてくれるが

全く違うのだ

何はともあれ、子供を産んでいるからセックスを知っている

小学三年生だ

 

 

発達障害の母

母は小学校三年で知能が止まっている

でも、止まっているのは知能だけではない

優しさや人として長く生きていると

正直に言ったほうが自分のためだし

相手に対しても誠実だとか

意地悪をしたり欲望のままにお金を使ったり

誰かをだましたりしないほうが、自分が幸せだと学習する

それは、持って生まれた性格とは別のものだ

母は持って生まれた性格は、発達障害など関係なく

見栄っ張りで負けず嫌いだ

しかし、それに上乗せするように

そんな学習すべき良質な心は理解できない

そして、見栄っ張りで負けず嫌いなのは

小学校三年生のものだから、たいしたことはない

私は母が発達障害だから絶望的な思いで側にいるわけではない

発達障害の母

「こいつ、母さんの男なんだ!

最近、母さんがよこしたに決まってる

逃げろ!

こんなことに巻き込んじゃいけない人ってことくらい

バカな俺だってわかってるさ!

早く!もう、戻ってくるなよ!」

修二のその言葉に涙ぐみながらも

覚せい剤に拳銃!

私は怯えてしまった

そして、修二の言うがままに逃げ出した

とりあえず、恵子ちゃんのところに転がり込んだ

そのまま、修二とは二度と会っていない

修二は頭に障害はあったけれど

母と違って本当に心の純粋な人間だったと思う

母に、頭の足りないようなしぐさが

似ているから惹かれたのに

結局最後は純粋に私のことを考えてくれた

修二のいちずな心に負けた

発達障害の母

修二に飛びついた

左足が血まみれだ


「大丈夫?救急車呼ぶ!」


そう言って出て行こうとした

まだ、携帯もないし

家電も引いていなかった


その手を掴むと

修二は


「すぐ出て行くんだ!

もう、帰って来るな!

わかっていたんだ、

2人でずっと暮らすことなんか無理だってこと

自分の世界に帰るんだ!」


そう言われて私はハッと目が覚めた

それでも、修二と別れるのは嫌だし

このまま、ここに彼をおいては置けない


「でも....」


そう言って医者は呼ばなきゃと言うと

修二は少し足りない頭だなんて

忘れさせるほどしっかりした目で

私の手を握った

発達障害の母

シャッターを開けると

通りはいつもの街並みになっていた


商店街の人たちが

拳銃を持ってた男は覚せい剤か何かで

おかしくなっていたらしいが

姿が見えなくなったから

この辺りの組みの事務所に

匿ったのだろうという話だった


私はホッとして

アパートに帰った

修二はまだ、ぐっすり眠っているはずだ

そう思ってドアを開けた


その途端目に入ってきたのは

銃に打たれてもがいている修二


その横にはよだれを垂らした汚れて

刺青だらけの男が上半身裸で

ヘラヘラ笑っていた

私を見てもなにやらわけがわからないように

なっていたし

手に拳銃は持っていたが、もう、

撃つ気はなさそうだった


発達障害の母

八百屋でジャガイモを買っていると

パン!パン!パン!

と音が聞こえた

道沿いに走り回る人のざわめきと

大声、怒号!


昭和50年代の頃の新宿から新大久保あたりは

そんなことが珍し苦はない頃で

八百屋はすぐにシャッターを下げて

まだまだ、田舎者の

何が起こったかもわからない私に


「また、始めやがった!

チンピラどもめ!

どんぱちが収まるまで、お嬢さん、ここにいな」


そう教えてくれた

外はひとしきりパトカーの音と怒号で

騒がしかったが20分もすると落ち着いた

発達障害の母

それでも2年も続いたのは

修二の純粋さと、私が妊娠しなかったせいだ

まったく、今考えたら

恐ろしい.......


無知ゆえに私はひたすら修二だけを見ていたし

修二も母親以外の異性で

とにかく大事にしたい、守りたい、そばに置きたい、そう思った初めての女だったのだろう


あの19から20歳のトキメク日々

あんなふうに誰かを想うことは

二度とない


そんな日々がその1日で消えてしまった


その日は私は新大久保の商店街で

夕ご飯の買い物をしていた

新大久保が今のように韓国一色になる

だいぶ前の話だ