発達障害の母

「そっか、あ〜ちゃん

友君と同じ部落出身だったね

何?親戚?奥さんのお姉ちゃん?」



「ううん。中学までの同級生だよ

まぁ、とっ捕まえにきたんだけど」


すると、友君は日雇いのバイトに行っていて

夜まで帰らないという

ちょっと、よって行けというのでお邪魔した


この、アパートはどう贔屓目に見ても

月に3万程度の昭和の初め頃にできたような

古いもので、汚いし

どの部屋も身寄りのない年寄りが年金で

なんとか暮らしているようなアパートだ

しかし、一歩中に入ると


「あ、この中は土足でいいわ

ニューヨークのアッパーイーストサイドの

古いアパートだと思って」

発達障害の母

「懐かしい〜

何?何?飛び込み営業?」


私は笑い出した


「ううん、もしかして

友君と住んでるのって

まさか、なっちゃんじゃないよね」


なっちゃんといえば

高校の時の私の憧れの同級生だった

いや、私だけじゃない

私は地元の中学友人が絶対に

いない、偏差値の高い

県庁所在地にある高校に行った


県内でも優秀な子ばかり集まっているから

だいたい、裕福な子、医者の子

学校の先生の子が集まっている


私は地元の中学ではできがよくても

その高校では勉強についていくのがやっと

お金もないから、まるで空気のように

学生生活を送ったが

そんな私にも

なっちゃんは声をかけてくれ

本当にキラキラと輝いている子だった

家の市内の総合病院

そこのお嬢様だった

発達障害の母

そのアパートはすぐに見つかった

すぐに呼び鈴を押すと

出て来たのは同い年くらいの老けたババァ

髪の染め具合や、来ている服から

化粧を熱くすれば若く見えるんだろうが

すっぴんだったから、私より上に見えたし

友君の奥さんの数倍醜い!

そして、もう一つ

彼女はどこか知っているかもしれない

顔でもあった


「誰?」


「友君はいる?」


同時に声を掛け合って

顔をよく見ると


なっちゃん!」


あ〜ちゃん!」


また、同時に声が出た

発達障害の母

私はぼんやりとだが

若い女の子を想像していた

まぁ、それは仕方がないことだ

ネコやケロとおなじように

笑って許すことができる

で、私と変わらないくらいって

ちょっと、バカなの?

もちろん、惚れれば

仕方がないかもしれないけれど

それこそ、そこはコントロールのきく

年頃じゃないの?

全く遊びを知らない真面目男じゃあるまいし

村の男たちの旅行なんて

怪しいコンパニオンと

やりまくり旅行なんじゃないの?

ムカムカしながらも

その、女に会うのが楽しみになって来た

一体どんな女なの?

発達障害の母

友君がよく通っていたというスナック?
キャバクラ?私にはよくわからないが
その店はすぐにわかった

「k村からよく来ていた男の人で..」

そこまで言っただけで

「ああ、夏美ちゃんのこれね!」

そう言って指を建てた

「夏美ちゃん?
今日、夏美ちゃん来ますか?」

その、小汚いおっちゃんは

「あいつ、やめちゃったよ
あんた、ここで働かない?
女の子、夏美ちゃんだけだったから
困ってるんだよね」

「は?私、幾つだと思ってるの?」

「夏美ちゃんとどっこいどっこいぐらいだろ
客なんか80近くのジジィばかりだから
50代でも十分若いよ!」

「夏美ちゃんて50代なの?」

私は驚いた

発達障害の母

私は苦笑いしながら


「大丈夫!私は何にもしていないから」


そう言って家を出た

間違っていたとしても、私自身を見ていないとしても娘のために百万出そうと言う、その悲しい優しさは私に伝わった


ネコが暇なら一緒にと思ったが

どこで村の人間が見ていて

余計なことを言われるかもしれない

そう思って1人で来た

ケロはもう、帰っていたが

もしかしたら友君が男同士

私よりも詳しく、その女の話をしているかもしれないと連絡を取ると、何も聞いていないと言う

私が村で変な噂になった話をすると

大笑いしながら、相変わらずおもしれぇ村だなと電話を切った

私もなんだか笑いたくなる

その程度の村なのだ

発達障害の母

昔から思ってはいたが

母には私がどんな人間か

全く目に入ってないし

私のことを考える時も

自分の中で咀嚼して考えるのではなく

祖母が言ったとか村でこう言われているとか

父親が言う私への褒め言葉

そんなものを頼りにしているのだ


自分の目で私を見ることはできない人で

いや、私だけではない

夫のことすら、自分が作り上げた

虚像を夫の全てだと思っている


私から見れば父は気の小さい細々とした

繊細な人なのだが

母から言わせると男らしい豪快な人だそうだ

父なんかは母には勝手にそう、思わせていればいいと言っていたが、私や弟は悲惨だ

子供の頃、母が発達障害のだと知らない頃は

母親の自分の評価を拠り所にする

母はいつも明るい体育のできるみんなの人気者を私に被せて来て、辛い思いをしたものだ


それを久しぶりに思い出した