発達障害の母

努力や成長なんかが馬鹿らしく思える私に

友くんからメールが来た

 

「園部洋治が帰ってきてるから

ちょっと、出てこないか?」

 

園部洋治?

私はしばらく思い出せなかった

 

「誰?」

 

「ケロだよ!」

 

ああ、思い出した

いや、思い出したどころじゃない

私にとっては天敵のような男子だった

同級生も村の人も私にはできるだけ母の話を振らない

そんな空気があった

ちょっと、年上の意地悪な人たちは

はっきりと母のことを口にして

私を泣かせようとしたりする輩もいたが

私が絶対に泣かなかったから、そのうち飽きられてしまった

しかし、園部は違っていた

ケロだ!

発達障害の母

でも、それは全く間違いだったようだ

千絵さんから生まれて、千絵さんに育てられた三ちゃんは

少しも千絵さんに似ていなかった

本当に正直で優しい子だった

それを村の人は、ちょっと、足りないからだなんて言っていたが

本当にそうだろうか?

足りなくても、意地が悪くなったり、

お金に異常に執着したり、ひがんだり

そんなことをする人間が側にいたり、

そんなことを教えられれば、そうなるはずだ

三ちゃんは千絵さんには少しも似ていなかった

私は子供のために一生懸命環境を整えたり

真っすぐな心を持つように教育してきたのだ

そして、子供はその思い通りに育っていると信じていたが

そんなことをしなくても、そうなったのかもしれない

母のことで自分の人生が全否定されているのを感じるのだが

自分の子育てでも、この村に帰ってくると

全否定されている気がするのだ

発達障害の母

私は結婚して子供を持った時

こんな母を持ったし、こんな村の生まれでもあるから

子育てには、本当に心を砕き

そして、たくさんの書物を読み、ネットを検索し

そしてできるだけ多くの親子とかかわるようにした

そうやって見ていると、やはり、環境は大事だと思うから

子供たちが小さいうちからお受験に飛び回って

有名私立小学校に入れた

お受験では心から子供のためにと有名私立に入れる親と

自分の見栄や家柄のために入れる親もいた

親が医者や弁護士ならば子供も絶対にその職業に

そんな親もたくさんいたが

やはり子供の将来のためには違いないから

愛情がなくとも子供はその環境で幸せに暮らしていた

もちろん、大学を卒業した後はどうなったかは分からないのだが

とにかく、学校を出て親が敷いたレールの上で

それを武器にそこから自分の実力で好きなことに飛び立っていく

そんな親子関係をたくさん見てきた

 

発達障害の母

母にも村の空気はわかっている

しかし、よそから千絵さんの親戚が来て

立派な葬式を出したってことは

村ではちょっとしたセンセーショナルな出来事で

母はその空気に酔っていた

前の私ならば三ちゃんを殺したかもしれない母親の葬儀で

その女と生前仲が良かったなんてことは言ってほしくないのだが

もう、放っておいた

結局ほかの村の人たちだって口に出さないだけで

この葬式を楽しんでいたのだ

村の人たちは、もちろん、母もそうだが

行事の派手さとか見た目のお金のかけ方とかのほうに

心揺さぶられるのだ

子供も夫も、いや、義父すら焼き殺してしまった女でも

こんなに立派な葬儀を出せる

そのことに誰もが興奮していた

発達障害の母

「夫も早く死んだしって、

殺したんだよ!」

 

「ちょっと、あんた、言っていいことと

悪いことがあるだろう」

 

私はおかしくて笑いそうになる

皆、千絵さんが殺したと確信している

ただ、そんな恐ろしい人と付き合いがあったなんて

わかったら、大変だから

口に出しては言わない

私はこの村の生まれだから、その辺りの微妙な空気がわかる

今まではわからないふりをしていたのだ

それも、これまでだ

 

「千絵さんはよく、うちに来てくれてたんだよ

三ちゃんがあんなだったし、あんたと同級生だったろう

だから、死んだあと、何かと野菜をくれたり

煮物を作ったって言っては持ってきてくれたりね

お父さんが死んでからは

本当によく顔をだしてくれたんだよ」

 

母は急に近くの人に聞こえるように

そんな話をし始めた

 

私には村の人の気持ちもわかるように

母の気持ちも手に取るように分かった

千絵さんが今日の主役だ

その主役とつながりがあったことを披露したいのだ

発達障害の母

葬式が終わって帰り道

三々五々、バラバラと歩いていると

話す声はいろいろ聞こえてくる

 

「まぁ、遠い親戚って、しっかりした人だったね

立派なお葬式だったこと」

 

「お墓は三ちゃんと旦那のところに入るんだろう?

どっちも嫌がるだろうね」

 

「でも、別にお墓なんかつくりゃしないだろうよ

あの人にはありがたい話だったんじゃない

あそこの家はちょうど、新しい老人ホームが立つって

場所だから、結構な値段で売れたんじゃない

じゃなきゃ、話もしたことがなかった千絵さんのために

あんな立派な葬式なんかだしゃしないよ」

 

「そうだね、早いこと死んでくれてよかったよね」

 

「千絵さん、何やかや言ったって幸せな人だったよね

子供も三ちゃんだけしか生まなかったし

旦那も早く死んだしね」

 

「それじゃ、ほんとにかなりお金は残ったんだろうね

あの人はどんな親戚なの?」

発達障害の母

母はなんだかうれしそうに葬式に行く準備をしている

 

「行かなくてもいいんじゃないの?」

 

「何言ってるの?皆行くわよ!

それが、この村の決まりだからね

あんたも早く着替えなさい」

 

私は行きたくはなかったし

行く義理も何もないのだけれど

ちょっと、村の人たちの様子を見てみたいと

一緒についていった

 

葬式にはほとんど村中の人が来ていた

そして、お坊さんが読経するときには

驚いたことにすすり泣きの声尾が上がっていた

え?そう思って母を見ると母も泣いている

 

千絵さんはそんなに惜しまれる人だったのだろうか?

葬式ではだれもが少し涙声で

 

「惜しい人を亡くしたね~」

「でも最後はあの人らしいね

ベランダから落ちるなんて、それも風呂と間違えるって

あの人はこの村に嫁に来た時から

粗忽物で、それでいて元気な人で

草切りなんて男顔負けだったからね」

 

そんな話が交わされていた

いや、それはボケていたからで彼女の性格のせいではないだろう