その先

私の父親が同級生で

仲が良かったこともあって

夏休みのある日


「あれは嘘なんだ」


そうポツリと入った健二の言葉が気になって

誰もがいなくなった時に


「健二、何が嘘なんだ?」


「兄ちゃんが父ちゃんたちの夫婦喧嘩に

巻き込まれて死んだって話

父ちゃんは酔っ払って

どうしようもなかったし

母ちゃんは怖くて何もできなかった

その話のことだ」


その話だけでも村では

どうしようもない夫婦だとなっていたのに

他に何があるんだ?


「父ちゃんは一升瓶の割れたものを

母ちゃんに向かって投げたんだ

思いっきり!

母ちゃんはそばにいた兄ちゃんを

盾にしたんだ!」


父は恐ろしい話だと思ったが

簡単に他の誰かに話していい話でもないと

黙っていたらしい

この話は父が病気で入院して余命幾ばくもないという時に聞いた話だ

 その先

長い話になったが

その健二さんが病気で亡くなり

奥さんとはとっくに離婚していて

その私と同級生くらいの

男の子、充くんは

そのお婆さんのところに引き取られたのだ


父や母、いや、村の誰もが

あの婆さんに育てられるとは

可哀想な子だと心で思っていた


充くんが初めて来た日

村の子供たちは、なんとなく気になって

その家の周りにいた

お婆さんが東京から孫が来ると

触れ回っていたからだ

それも私立の立派な小学校に

通っていたから、こんな村の小学校では物足りないが仕方がないみたいな自慢まで吹聴していたから

みんな、興味深々だった

その先

私も見に行きたかったが

そういうことははしたない

そう、母に教えられていたので

友達に聞いた噂話を話すと

父は


「健ちゃんからは、たまに年賀状が来ていて

偉い、出世していいとこから

嫁さんもらって二度と、村には帰らないけど

東京で幸せにしているって

聞いてはいたが

病気で亡くなるなんて

ましてや、その充くんだっけ

一人ぼっちになって

この村に戻ってくるとは

かわいそうになぁ」


その父の口ぶりに

本当にかわいそうだ

学校が始まったら、親切にしてあげよう

そう決心していた

その先

村の子供たちはみんな、同じようなことを

思っていた

でも、充くんの容姿があまりに

都会的だったし

初日から勉強がよくできるのは

すぐにわかった


担任の教師は、地元の歴史に詳しい

それだけの理由で

戦争が終わった頃の

人手不足から教師になったような

村の人はあんまり詳しくは言わなかったが

大学を出ているとか

教員資格を持っているとか

聞いてはいけない人だった


社会はやたら詳しいが

あとは教科書通りの人で

充くんの前の学校の名前を見て

総理大臣の誰かと一緒だと

騒いでいた

 その先

その教師は休み時間に

お気に入りの女の子を呼ぶと

膝に乗せたり、お尻を触ったり

胸を触ったりする

私たちにとっては日常の光景で

教師に楯突いてはいけないことは

嫌ほど言われていたので

いいことではなかろう

くらいのことは思っていたが

それを誰かに言ったりはしなかった


そんな暗黙の了解の中

充くんがそれを見て

私に


「あれ、あんなことしてもいいの?」


私にあえて言ったのは

他の女子は、担任のそばに行って

触られたりするのを

別段嫌がっていなかったし

佳苗なんかは自分から膝に座っていた

そんな中で、私だけがそばに寄らないよう

注意していたからだろう

 その先

「わかってるよ

でも、こんな田舎の村でしょう

昔から先生が来てくれないのよ

だから、、みんな、

もちろん、お父さんとかお母さんも

なんとなくわかっているけど

黙ってるの」


私はその頃の村の中が

それだけじゃなく

大変卑猥なことが色々あったにもかかわらず

波風立てないのが正義!

それを肌で感じていたから

そう、話した


「馬鹿じゃないの?」


私はこの村のことなど

何も知らない充くんに反抗したくなる


「だって、先生のところに行かなきゃ

済むことなのに、女子はああやって行くんだから、どうしようもないでしょう」

 その先

充くんは私を見てニヤリと笑う


「こんな村で育ったのに

お前、頭いいな!」


褒められても嬉しくない

こんな田舎で育ったが

親からも『お前』呼ばわりされたことはない


「あんな糞教師の授業なんか

馬鹿らしい!

俺、お金持ってるから

町に遊びに行かないか」


町はバスで40分くらい行った所だ

でも、バス停から乗れば

この村の全ての人にわかる

毎日バスに乗る高校生や仕事の人

買い物や病院に行く

おばあちゃんやおじいさん


村の人は全て把握してるのだ

私はバスに乗ったその後に

村中の噂になると思ったし

この子と行くのは嫌だった