逃亡

その濃い化粧の顔は東京に出て来てからは

まったく身に覚えがないし

田舎の村でもこんな人はいなかったと思う

ただ、私は今の生活が少し窮屈にはなっていた

ここは高級マンションで、揃えられた家具も

どれも、お金のかかった素敵なものだが

どうも趣味が違う

前のアパートの家具を修理して、どこか

安いアパートに引っ越したいと思っていた

チェリーのこともシェリーのことも

美佐子さんがいれば大丈夫だ

 

「そんな変な女に狙われる覚えはないんだけどね~

私だけどっかに引っ越すよ

今、家具を預けている倉庫のお金もバカにならないし」

 

幸喜は寂しそうに

 

「ばあちゃん、若いころ、やばいことしてたんじゃないの?

それを思い出して、ちゃんとどうにかしないと

きりないじゃん!」

 

「幸喜は自分のことをしっかりしな!

子供もできたんだし、チェリーはもう、あんたに惚れちゃいないよ

もう一度、惚れさせるぐらいがんばんないと!」

 

幸喜はぺしゃんこになって泣きそうに笑った

 

「わかってるよ!

通帳、美佐子さんに預かってもらうわ」

 

私はすぐに、そこからは1時間以上ある神奈川のほうに

引っ越した

逃亡

それでも、全く相手もわからないまま一週間ぐらいすると

幸喜が朝から慌てて飛び込んできた

 

「ばあちゃん、逃げないとやばいよ

夜中に変な化粧の濃いおばさんが

カップヌードル一個買ってさぁ

俺にやたら聞くんだよ

俺がばあちゃんと一緒に住んでるとは知らないみたいでさ

あの、高級マンションに急に婆さんが来ただろう?

息子と住んでるのか?とか

前にアパートから逃げてきた婆さんとお腹の大きい娘

そんなことをやたら聞いてきて、怖いよ~

ばあちゃん、逃げたほうがいいよ」

 

美佐子さんが心配して

 

「それ、どんな人だった?」

 

「あ、任せて!

帰り際にわからないよう写真撮った!」

 

それは幸喜にしてはしっかり撮れていて

ジャージの上下に濃い化粧

真っ黒な髪の毛を二つ結びにしている横顔

 

「ばあちゃん、知ってる人じゃねえの?」

 

いや、私にはまったく覚えのない女だ

逃亡

「お義母さん、警察は先日の事件の時

ただの空き巣の仕業だろうと結果づけたみたいですが

私が調べてもらった私立探偵は

あの空き巣事件の前に、あのあたりの周りを調べていた

女がいたそうです

それで、回りの商店街とかに聞きまわっていたのは

『あの部屋に住んでいる年寄りについて教えてほしい』

だったそうなんです

その女の正体はわからないんですけれど

狙われているのはお義母さんです」

 

「え?私?なぜ?」

 

私は田舎から出てきたしょぼいおばあさんだ

なぜ、私?

それも女って?

聞いていたチェリーが

 

「おばあちゃん、何したの?

東京に来てから?

その女って心当たりないの?」

 

美佐子さんも不安そうに私を見る

逃亡

でも、その時間はほんのつかの間の物だった

美佐子さんが買い物から真っ蒼な顔で戻って来た

 

「お義母さん、ここも危ないかもしれません

すぐに逃げたほうがいいです」

 

「え?何?どうしたの美佐子さん、

逃げるって?幸喜が関係してたやくざからなの?」

 

美佐子さんは首を振った

そして、私を見つめると

 

「お義母さん!狙われているのはお義母さんです

幸喜さんの関係していた組織は

今、お金に困っていて幸喜さんを探すどころじゃないみたいです

田舎から出てきた十代の男の子や女の子を使って

その子たちの教育で手いっぱいだそうです

でも、派手な動きはしないほうがいいし

今の職場はばれていないから、今の夜の仕事は

替えないほうがいいわ」

逃亡

息子はチェリーの母親は

追っかけられて、仕方なしに結婚したようだったが

この、美佐子さんのことは間違ってはいなかったようだ

まあ、チェリーの嫁だって

間違ったと言いたくはないし、そんなことで

言いくるめてはいけないことなのだ

 

このマンションで暮らしていれば

拓、いや、木佐幸喜は不安もないし

お金だって溜まっていく

貯金通帳は私に見せるように言ってある

ここで暮らしている間は生活費はいらない

そう息子が言ったので、私が通帳は管理すると言ってある

木佐はそう悪いやつではない

私が管理することで無駄使いしなくて済むし

面白いようにお金がたまっていくのは気持ちのいいものだろう

息子にしてみれば妊娠してわけのわからないものに成り下がっていた

チェリーが側にいて、孫ができて

美佐子さんと私の仲がいいということは

何も言わないが、幸せなことなのかもしれない

休みの日には黙って居間に座っているだけだが

チェリーがシェリーをおんぶして歌いながら掃除をしたり

幸喜がフローリングの上で腕立て伏せをしていたり

そんな中、美佐子さんが手作りのチーズケーキなんか

運んでくる

確かに、そこにはホッとするような家族の営みがあった

逃亡

私はそのスナックで常連の

小金持ちのお爺さんに買ってもらうことになり

後で聞けば、両親に200万、スナックのマスターに100万

払ったそうなんです

あ、でもそれは誤解しないでくださいね

親指姫がモグラのおばさんに親切にされ

金持ちのモグラに嫁ぐように言われた経緯と似たようなことで

親も、マスターも高校もちゃんと卒業していない

女の子が幸せになれる道だと真剣に考えてみたいです

そんな程度の親だったんですけど

ありがたいことに、それから10年もしないうちに二人そろって

病気で死んでくれて

私はそのお爺さんの介護をしながら

資格を取り

お爺さんを看取ってから、陽介さんの会社に

派遣として働くよう手配されたんです」

 

「子供は?」

 

「そのお爺さんの子供が出来たんですけど

6っか月で死にました」

 

そこにもなんだか事情がありそうだったけれど

彼女が話してくれるまで待つことにした

逃亡

「父と母は残ったお金でアパートを建てて

その管理人としてやっていくことに決めて

私が高校のころには三人で

そのアパートに住む大家におさまっていました

小さなアパートだし何かと物入りなことも続いて

私は高校に通うのが精一杯でした

それでも高2になると、もう、通うこともできなくなります

今、考えれば、方法はいくらでもあったし

私も勉強は好きで成績もよかったのだから

粘ればよかったものの

その頃の両親の選択が一番だと思っていましたから

高校を辞めると、父の昔からの知り合いの

スナックを手伝いに行くことになったんです

私は心の中では、嫌でしたが

父が話を決めてきて、仕方なかったんです

今時は毒親なんて言葉がありますが

後で気がつけば、父も母もお金さえあれば

『立派な親』が出来たのかもしれませんが

お金が無くなれば、子供でも売るような人間だったんです