誘惑の花

「そうね~そうかもしれないわ」

 

そう答えた後に、りさ子が戻ってきたらどうしよう

そんなことが頭をよぎったが

そんな風に、子供がいるのに責任感もなく

男と逃げて、また、うまくいかないからと言って

帰って来ても、じゃ、スピカ仲良く二人で暮らしなさい!

そう言うわけにはいかない

京子にはもう、スピカを手放したくないほどの愛情が育っていた

 

スピカを幼稚園に入れたいと思う

二人でいて、色々と教えることはできるが

同い年くらいの子とやっていけないと困る

小学校にもここから通わせたかった

 

そして、心配なことは集団生活に入って

回りが子供たちになると

父親の血が出て来て、暴力をふるったりしないだろうか?

でも、幼稚園には入れるべきだと思った

誘惑の花

スピカは何も言わないが、りさ子には会いたいだろう

京子は実際にそんなことを経験したことはない

京子の子育ての周りは、専業主婦が多く

子供のために、夫の浮気やパワハラに目をつぶっている母親が多かった

でも、テレビや本では親にどんなに虐待を受けても

親を慕うものらしい

 

「ん?すーちゃん、なあに?」

 

できるだけ落ち着いて、さて、多分男と逃げたであろう

りさ子のことや、殴る蹴るがひどかった父親のことを

どう話したものか・・・

 

「京子さんと私はかぞく?

かぞくだよね?

だって、前に一緒に住んでたパパやママは

絵本みたいに優しい人じゃなかった

あの人たちは、私の敵?」

 

それは、予想していたのとは全く違った反応で

京子は何と言っていいかわからなかった

でも、すぐに、こんな小さな子に暴力をふるうなんて

本当の親であっても、敵だと思った

誘惑の花

スピカのことを考えて

パパやママが出てくる絵本は片付けようかと思ったが

スピカはパパやママが出てくる絵本を食い入るように見るようになった

 

あ、パパがいてママがいて幸せな家族がいる

そんな常識は決して良いものではない

子供にはいろんな子がいる

幸せな家族をいいものと考えるのは傲慢だ

 

でも、スピカの反応は京子の思っているものとは違っていた

 

「京子さん?」

 

スピカには自分のことはそう呼ばせた

 

「ん?なあに?スーちゃん」

 

京子はスピカが可愛くなるにつれて

スピちゃんとか、ピカピカとかスピッチとか

愛称がたくさんになってしまう

 

「絵本のパパとママとか兄妹とかみんないるの?

そういうの、かぞくっていうの?」

 

京子はいよいよ来たか!そう思った

誘惑の花

スピカは親の話はしない

父親の話はもちろんのこと、りさ子のことも一言も言わない

京子はそれが心配だった

父親はスピカを叩いたのかもしれない

りさ子は暴言を吐いたのかもしれない

いえ、りさ子だって手をあげていたのかもしれない

でも、これまでスピカをかわいがったこともあったと思うし

スピカは二人の子供として生きてきたのだ

どうして、親の話をしないのか?

でも、それを京子から言い出すことはできない

言わない理由が何なのかわからないが

そこにはズカズカ入って行ってはいけない気がする

 

そんな毎日の中で

京子は自分の子供たちの絵本を久しぶりに居間に持ってきた

最初は京子が呼んであげていたが

スピカはすぐに覚えて、一人で読むようになった

ミキの遺産

実家に帰ろうか?
今までの小百合なら実家に帰って
母に愚痴れば、すっきりとして次の日を迎えられた
でも、最近は父も母も
雅紀とのなれそめを聞いても、章子が幸せなのが一番といい
康太の実家にしても
もう、どうでもいいようなことを言うだろう
あれから20年近くたっているのだ

それでも、顔を出してみようか
小百合には友人はいないが、いつも母がそうだった
章子の子育ても母をお手本としてきたのだ

母は年の割には若く、いつも健康で
今はボランティア活動に飛び回っている
小百合には心の奥底でボランティアなんて大嫌い!
貧乏で困っている人は、どうせ努力をしないのだから仕方がない
そんな気持ちがあるのだが
もちろん、口には出さない

「ママ、また、乳児院に行ってたの?
もう、そろそろ、自分の体のことを考えたら」

小百合の母は小百合の心の奥底はすべてわかっている
結婚するときに、ものすごく心配したのだが
康太の心が広く、章子は康太に似ていたために
何もかもうまくいったと思っていたのだ

小百合は母の顔を見ると、甘えて全部話してしまおう
そう決めて、感情の赴くままに
康太の実家の話、反発する章子
そんなことを爆発させると

「あら、知っていたわよ
康太さんのご実家のこと」

誘惑の花

最初にここに来た時には

スピカはむくんだように小太りの子供だった

京子がいつも手作りで

野菜たっぷりの煮物、ほし大根と竹輪の煮物

ひじきと人参の煮付け、焼き魚

京子は子供がいるにもかかわらず

容赦なく自分の好きなものを食卓に並べた

ご飯も白米ではなく、十八穀米やもち麦だし

おやつも、一緒に作るプリンやクッキー

チョコレートムース

スピカはみるみる痩せてすっきりしてきた

スピカのいい所、食べ物の好き嫌いはしない所だ

大人の和食だって喜んで食べる

特に魚は生まれて初めて食べると大喜びだった

痩せてくると、そこには俊哉の面影が出てきた

ちょっと、照れたように笑う所

そっくりすぎて、京子は嬉しくなる

その京子のスピカの笑顔を愛していることは

スピカにもしっかり伝わり、嬉しそうに笑う

ミキの遺産

イメージ 1

「それで、章子ちゃんはショックじゃないの?」

父親の実家が風俗と切っても切れない家柄だなんて
もう、中年を過ぎた小百合よりも
女子高生の章子のほうがよほどショックな気がするのだ

「ううん。私と雅紀のなれそめは知っているでしょう?
雅紀はバカだから、バカなお嬢様女子高生をひっかけて
そういう業界に女の子を売るなんてことしてたんだよ
そして、それにひっかかったのが私
私だってどうなってたかわからないし
雅紀と知り合って、そういうことって、すごく大事だってわかったの
ママほど子供じゃないわ」

速水は確かにそうかもしれないと笑った

小百合はどうしても気持ちの整理がつかない
章子が速水のところに行ったのはわかっている
もしくは雅紀のところだろう
どっちも小百合の気に入らないところだけど
安全なところなのは確かだ