逃亡
美佐子さんは、すぐに頷いた
これは不思議なことなのだが
人間てやつは気が合うとか、一瞬にして
ああ、この人ならば・・・
そう思うことがある
私は美佐子さんと会ったときにそう言うことを感じ
それは美佐子さんもそうだったようだ
静かに自分用のコーヒーを淹れ始めた
美味しそうなコーヒーを美佐子さんがいつだって
気に入って使っているマグカップに注いだ
私はコーヒーは好きじゃないのだが
その香は深いことはよくわかった
「私の生まれは東京の下町
親は小さな和菓子屋を営んでいました
うちの和菓子は近所のお年寄りに評判だったし
近くのお茶の先生が注文してくれたり
中学になるころまでは、それなりに裕福だったんですが
世の中はイチゴ大福とか
だんだんハイカラな和菓子が流行って来て
うちもそれに押されて、店が立ち行かなくなってきたんです
父は代々和菓子屋のお坊ちゃん気質で
商売を立て直そうなんて考えもしなかったみたいです」
恋をしたとき
恋をしたとき
逃亡
村では、だいたい噂話を面白おかしくして
よけいなことを言ってみたりするタイプ
そう言う下世話な人間を下に見ていて
ややこしいその仲間にはかかわらないタイプ
両方いて、一見、かかわらないで我が道を選ぶほうが
立派なように見えるが
それはそれで間違っている
人は人といることで成長できるのだ
それを最初から拒否して生きていたら
人間同士の関係を素晴らしいものにするスキルは育たたない
・・・とそんな理由もないではないが
私はすぐに心に入り込むことにしている
純粋に色々、知りたいからだ
「どんなことがあったの?」
直球で聞いてみる
恋をしたとき
逃亡
「美佐子さんはあんたが思っているよりも
数倍賢いし、心も綺麗だよ
いいから、あんたはちゃんとシェリーの面倒を見るの」
チェリーはその日から、シェリーをおんぶしては
歌を歌って、うろうろするようになった
私にお茶を淹れながら
「さすが、お義母様ですね
チェリーちゃん、すっかりいいママになりそうですよ
本当は素直で優しいんですね
ちょっと、軽率なところがあっただけで
シェリーちゃんを産んでから、随分変わってきたし」
「美佐子さんの計算通りだよ
それよりも、美佐子さん、息子の嫁のこと
随分前から知っていたんだね」
「私、智久君の小学受験の時に
一年間くらい、塾で一緒でしたから」
「やっぱり子供がいたんだね」