姉のこと

イメージ 1


驚いている康太を優しく見守るように
美味しいものを作ってくれて
優しいあいさつをするだけ
それだけでもほっとした

みぃは大喜びで、じいさんも嬉しそうで
家の中はほっこりと温かくなった
そのうち母親のように学校の参観日にも来てくれた

みぃにはかわいらしい清潔な服を着せ
髪の毛を結んであげる
そして康太には

「ね、康ちゃん
学校の勉強、すごくよくできるんですってね
中学受験してみる?」

ミキは康太のランドセルの中にくちゃくちゃになった
中学受験塾のパンフレットを見つけていた
そして、康太の気持ちはわかりすぎるほどわかっていた
自分が中学三年の時に思ったことだ
成績は良かった、中学の先生には
難関高校も大丈夫だから、私が親御さんを説得してみよう
とまで言ってもらったが、母も父も祖父も
だれも教師と会おうともしなかったのだ

「無理!
私立中学なんか行けないでしょう?
それに、家で勉強するだけではとても無理だし
そのお金だってすごくかかるよ!」

ミキは康太には、自分のような思いはさせたくなかった

「大丈夫!お金はお姉ちゃんがなんとかする
ほら、あのパンフレット、あそこがいいって思うわ
お姉ちゃんね、何件か塾を調べてみたのよ
有名私立に行くなら、絶対、あそこよ!」

魔女

白と黒で統一されたサッパリした部屋

くうちゃんはすぐに

 

「瑞樹ちゃんのおもちゃはないの?」

 

私の部屋は貧乏な学生の部屋である代表のような部屋で

何にも置いていない、電気炬燵が一つ

それが家具のすべて

服は押し入れに収納できる量だし

お茶碗とお味噌汁茶碗、皿、お箸一善

部屋の隅に教科書や本が山積みになっている

あの頃の学生なんか、誰もがこんなもので

これが地方から出て来ている学生に一般的な部屋だった

そこに、くうちゃんが来ただけで

部屋の空いていた隅の半畳ほどが

ぬいぐるみや人形

くうちゃんがおもちゃにしたがる

食べた後の空だとか小さな箱が置いてあった

ないどころか、この部屋には子供がいる形跡がなかった

瑞樹ちゃんは絵本も持っていないのだろうか?

ここには大人の本もなかったのだが・・・・そんな空間がない

姉のこと

イメージ 1

何もやる気がなく、面白いこともない
自分のこれからに夢がひとつもない
そんな時、突然帰ってきたのが姉だった

姉がいるのは知っていた
会ったことがなかった
知っている女ってものは母だけだったから
どうせ、母のような女だろう

ただ、見た目と最初の挨拶が上品だった

まるで、学校の先生のようないでたち
母が着たのを見たことがないような
真っ白なブラウスに、紺のパンツ
値段もわからないながらも高そうだ
そして、黒い低めのパンプス
声は優しく、落ち着いている

赤っ茶けた髪の毛をくるくるに巻いて
紫のなにやらわからない、素肌が出まくっていて
息子の康太が真っ赤になるような服を着て
剥げたマニュキア、細いヒールのスリッパ
そんな母をかぶせて想像していた康太にとって
全く目を白黒させるしかない、姉だった

魔女

私の中にしっかりした固定観念として

子供がいる家庭というものがあったため

くうちゃんのところは父親が性格的に問題がある

そのための手助けだと思っていた

しかし、この、瑞樹ちゃんのところはよくわからなかった

その頃の私は、まだまだ、知らないことだらけだったから

瑞樹ちゃんに何が起きているのかよくわからなかった

 

遊びに行った部屋は私の部屋と同じ間取りだとは

思えないほどおしゃれなものだった

当時は雑誌を買う余裕は私にはなかったので

たまに立ち読みをするくらいだったが

あの頃、おしゃれな人が良く読んでいた

アンアンという雑誌に出てくるような部屋だった

姉のこと

イメージ 1

パンフレットを読んで
目が飛び出るほど驚いた

世の中に受験しなければ入れない中学があること
そこは受験するのですら二万とかのお金がいる
入学金は数十万、そして年間の授業料!!
いや、中学も中学だが
まず、この塾に入るのにもお金がいる月に七、八万円

すごい、あの嫌な近所の悪ガキはこんなことが出来るのだ
学校の勉強なんか、まともにできないのに

そして、康太は今の学校の教科書や
図書館の本でいくら一生懸命勉強しても
どうしようもないのだ
自分が行くのは近所の評判の悪い公立中学

その後はどうなるんだろう?
姉のように高校には行かせてもらえないのだろう
そこから、自分は何をするんだろう?
父親のようにトラックの運転手?
免許を取るのってたしか、年齢が関係あった

真面目に勉強するのもバカらしい
だからと言って、バカな奴らとつるんで遊ぶのはもっと嫌だ

魔女

くうちゃんがかっこいい人は

きっと優しいと勝手に信じている

私にはその、旦那という若い男は優しそうには見えなかった

そして、正野さんの言う、私が苦労していると言う

彼女の言った意味も解らなかった

 

私は家庭というものに対して、その頃

ものすごく固定観念に駆られていた

両親と子供で作られていた

親は子供をこよなく愛していて

何処の家も幸せに暮らしている

私の家だってほとんどそうだった

母は時折ヒステリックに怒ったり

父は酒を飲めば、だらしなく寝てしまう

なんてことはあったが

まぁ、何の問題もない家庭

わたしが大学で東京に出てきても

母は何かと心配して色々、宅急便で送ってくる

くうちゃんの家のように家庭内で暴力をふるう父

なんかがいる話はほとんどまれなことだと思い込んでいた

 

姉のこと

イメージ 1

康太も塾は知っていた
でも、学校の勉強についていけない子が行くところだと
思っていたのだ
康太の周りには中学受験という言葉もなかったし
世の中に私立の学校が存在することも
あまりよくわかっていなかった
四年ともなると、クラスの中でも
あの子は中学受験をするだとかいう話はあるにはあるのだが
康太にはあまりに遠い話で
まったく関係のないことだったから
耳も貸さなかったのだ

しかし、あの悪ガキは本当なら
この辺りの周りの土地をたくさん持っているだけで
祖父ちゃんも父親も、そんなに変わりゃしない生まれなのに
お金はバカほどあるから、嫁がとちくるって
自分の息子のバカを中学受験させることに決めたのだ

康太はその中学受験塾の中にこそっと入って行った
すると、目ざとく見つけた、事務のおばちゃんが

「あんた、この塾の子じゃないよね
あ、入塾希望かい?」

そう言うと、急いでパンフレットを大き目の封筒に入れて

「これをお母さんに見せな!
そして、良さそうなとこだったって言うんだよ」

そう言って飴をくれた
康太はパンフレットをもらうと、公園のベンチに走った