康太の深淵

「本当言うとね
たぶん、ママは私のことなんかなんとも思ってないの
責任感とか人間としてこうせねばって思ってるから
私を引き取りたいのよ」

「それって、間違ってないと思うけどな」

「でも、そこに、私を好きだって気持ちとか
愛してるって気持ちとかないよ
先生の母親と根本は一緒なの」

「男好きじゃないってだけでも
十分な気がするけどね」

「あら、私はそのほうが人間臭くて好き
パパがそうでしょう?
家族より女!
でもね、パパは私には遠慮してるの
私に対しては恥ずかしいとか思ってるし
私のことは大好きなのよ
私のこと、ちゃんと育てられないくせに
側にいるときは抱っことかいっぱいしてくれて
すっごく、楽しいの!
もちろん、ちっちゃいときよ
でも、ママは抱きたいから私を抱くんじゃないの
スキンシップが子育てには大事だから抱っこするのよ
それって、抱っこされても
なんだかな~って感じでしょう?」

発達障害の母

三ちゃんの母親である千絵さんは

それから間もなく亡くなった

なんでもベランダから飛び降りたらしい

それは自殺とかではなく、ベランダの柵を

風呂と間違えたって話だ

認知症の人間をベランダなどに出すのだろうか?

ふっとそんなことを思ったが

千絵さんが亡くなったことで困る人など誰もいない

遠い親戚の人間にとっては、これか何年続くかわからない

老人ホームの日々にどれだけお金がかかるのかを考えると

もしかしたらありがたかったんじゃないだろうか

などと皮肉なことを考えた

千絵さんの葬式は公民館で華やかに行われた

遠い親戚という男がやってきて

千絵さんの家の隣のおじいさんに聞いて

葬式を出したらしい

葬式の日、母は張り切ってまず風呂に入った

康太の深淵

「それよりも、優実さんは平気なの?
お父さんと暮らすことになると
あの、お父さんの女の人とも暮らさなきゃならないよ」

優実はにっこり笑って

「だって、きっとすぐ出ていくだろうし
でも、きっと、またすぐに新しい女をこさえるだろうけど
お母さんとは全く違うタイプの女の人たちだから
見ていて面白いのよ」

康太は優実がまったく、大人が思っていることとは違う
考えなのに驚く
最近の若い子供はこんなに、親を客観的に見ているのだろうか
自分があの頃、こんな考え方ができていたら
もっと、楽しい学生時代を送れただろうし
母をもっと優しい目で見ていただろう

長いこと母を好きになれない自分に対しても
深い嫌悪感を抱いていたのだった

発達障害の母

「そうね、わかるわ」

 

そう、口では言いながらも

私は『だから、40年前から何にも変わっていない

三ちゃんは死に損だし、犯罪を起こさないようにって!

違うじゃない!犯罪を隠して、みんなでなぁなぁにしてるから

今でも似たようなことばっかりだし

志ある若い人はさっさと村を出ていき

残っている若い子はヤンキーみたいな子ばっかり』

そこまで考えて、私はハッとした

さっきネコが言った最低の人間だって守らなきゃいけない

って言葉、うちの母のことかもしれない

もちろん、ネコはそんなつもりで言ってはいないだろうが

三ちゃんの母親の千絵さん

子供に今まで見捨てられていた、うちの母

ネコのような人たちが村人のほとんどだからこそ

この村で80年近くも生きてこれたのだろう

間違っていようが、犯罪を起こしていようが

みんなの話のタネ、噂ばなしになる程度で済ますのが

後に残った人たちのためってことだ

 

 

康太の深淵

「え?それって、弁護士さん
私に話を合わせようとして作ってない?」

康太は笑い出した
それなら、どんなにいいだろう

「君のお父さんよりも家にいなかったよ
僕のお母さんはね・・・・・
好きな男といることだけが
人生の楽しみのような人だった」

子供に話すような言葉で始めたが
内容はとても子供向けではないのに気付いて

「うちの母は母であろうなんて一分も思ってなかったと思う
僕はそれでずいぶん悩まされたけれど
悩まされた分、自分の道を探せたんだよ
君もお金をもらうことなんかにこだわるなよ
マニュアル通りのお母さんを嫌っているように
君もマニュアルに縛られているよ
子供はこうあるべきなんかないし
人間はこうあるべきなんてこともないよ
法律さえ守れば、何したっていいんだよ」

「え?弁護士さんがそんなこと言ってもいいの?」

優未はすっかり康太に魅せられた

発達障害の母

途端に二人が遠い人のように見えた

ここでは、よっぽどわかりやすい犯罪以外は

だれも、そこを深く調べようとはしない

その私の空気に気が付いたのか

ネコが少し低い声で

 

「あ~ちゃん、わかるよ

あ~ちゃんは16の時にこの村を出て行って正しいものの方向にまっすぐ伸びて行ったんだと思う

そうしなければ生きていけない世界にいたから

だから、今手に入れているものは

誰に恥じることのない地位や名誉だと思う

でも、ここは違うんだ

この村では犯罪なんか起きたら困るんだ

隣村からこの村はとんでもないと言われても恥だし

ここの若い人たちが嫌になって出て行かれても困る

俺はここの村長だから、ここの一番最低の人間だって

助けないといけないと思う

このことの真実がわかったとして、三ちゃんは帰ってこないよ」

康太の深淵

「その話、お母さんにした?」

「したわ。
私のやりたいことには何も反対しないって!
意味わかってないのよ
まるでマニュアル!マクドナルドで笑って接客するみたいに
娘には完璧な答えはこれって決めてるみたいな感じ
私はマニュアルで育てられるのはごめんだわ」

「世間で決められているようなマニュアル通りに
育てられることって、そんなに嫌かな?」

「弁護士さんにはわかんないわよ
マニュアル通りに勉強して、立派な大学に入って
弁護士さんになっているんですもの」

そう言われて、康太は困った
しかし、自分には悪いうわさから守るべき妻はいないし
姉はもう、そこは超越している
親戚は怪しげな人間ばかりだ

「ははは!全く違うよ!
僕の母親は男が大好きで、男のためなら
子供は捨てるわ、売るわの人だったよ」

その言葉で優未は驚いて
そして、康太の話を真剣に聞こうと思った
だいたい、大人はこういうことは隠す
父親だって嫌いじゃないが浮気相手のお姉さんを
秘書だとか言い出す
私をなんだと思っているんだろう