康太の深淵
発達障害の母
三ちゃんの母親である千絵さんは
それから間もなく亡くなった
なんでもベランダから飛び降りたらしい
それは自殺とかではなく、ベランダの柵を
風呂と間違えたって話だ
認知症の人間をベランダなどに出すのだろうか?
ふっとそんなことを思ったが
千絵さんが亡くなったことで困る人など誰もいない
遠い親戚の人間にとっては、これか何年続くかわからない
老人ホームの日々にどれだけお金がかかるのかを考えると
もしかしたらありがたかったんじゃないだろうか
などと皮肉なことを考えた
千絵さんの葬式は公民館で華やかに行われた
遠い親戚という男がやってきて
千絵さんの家の隣のおじいさんに聞いて
葬式を出したらしい
葬式の日、母は張り切ってまず風呂に入った
康太の深淵
発達障害の母
「そうね、わかるわ」
そう、口では言いながらも
私は『だから、40年前から何にも変わっていない
三ちゃんは死に損だし、犯罪を起こさないようにって!
違うじゃない!犯罪を隠して、みんなでなぁなぁにしてるから
今でも似たようなことばっかりだし
志ある若い人はさっさと村を出ていき
残っている若い子はヤンキーみたいな子ばっかり』
そこまで考えて、私はハッとした
さっきネコが言った最低の人間だって守らなきゃいけない
って言葉、うちの母のことかもしれない
もちろん、ネコはそんなつもりで言ってはいないだろうが
三ちゃんの母親の千絵さん
子供に今まで見捨てられていた、うちの母
ネコのような人たちが村人のほとんどだからこそ
この村で80年近くも生きてこれたのだろう
間違っていようが、犯罪を起こしていようが
みんなの話のタネ、噂ばなしになる程度で済ますのが
後に残った人たちのためってことだ
康太の深淵
発達障害の母
途端に二人が遠い人のように見えた
ここでは、よっぽどわかりやすい犯罪以外は
だれも、そこを深く調べようとはしない
その私の空気に気が付いたのか
ネコが少し低い声で
「あ~ちゃん、わかるよ
あ~ちゃんは16の時にこの村を出て行って正しいものの方向にまっすぐ伸びて行ったんだと思う
そうしなければ生きていけない世界にいたから
だから、今手に入れているものは
誰に恥じることのない地位や名誉だと思う
でも、ここは違うんだ
この村では犯罪なんか起きたら困るんだ
隣村からこの村はとんでもないと言われても恥だし
ここの若い人たちが嫌になって出て行かれても困る
俺はここの村長だから、ここの一番最低の人間だって
助けないといけないと思う
このことの真実がわかったとして、三ちゃんは帰ってこないよ」