街の灯り

ミキはそこに自分がすべて捨ててしまいたいと思った
血のつながりを確認し
そして、それが何よりもうれしい自分がいることに気が付いた
なんど、自分がこの家に生まれたことを恨んだだろう
でも、それは間違いだった
苦しんで苦しんで沢村と一緒になるのに何年かかっただろう
みぃの人生を自分が投げ出してしまったんじゃないだろうかと
みぃを正二に任せたことを後悔したが
だから、ショウがいるのだ

速水のことも、本当にこれでいいのか迷ったのだが
所詮、ミキごときのちっぽけな人間が
悩むことではなかったのだ
ちゃんと、こうしてなるようになっていく

みぃが本当に父の子供なのか
そんなことも随分一人で悩んだのだが
どうでもいいことだ
みぃの中にはミキや康太と同じ血が流れている
そして、速水にもそうだ

街の明かりの中を甥であるショウと肩を並べながら
歩ける幸せを噛みしめていた

発達障害の母

とりあえず、家族に何の心配もないのを確認すると

ネコに連絡を取った

村の店を出す営業も忙しいだろうに

雅ちゃんの妹探しまでやっているとは

私も手伝ってあげようと思ったのだ

なんとなく、雅ちゃんの妹の気持ちもわからんではないから

こちらで幸せに暮らせそうならば

連れて帰るなんて、もし、ネコが言うのならば

反対しようと思っていた

 

それで、母が言うように友くんが困るのは仕方がない

そういう風に親戚の年寄りまで面倒見るのは

田舎の小さな村に残った人間として

やらなければならないことじゃないだろうか

田舎の年寄りの看護は都会ほど孤独ではないと思う

 

街の灯り

写真をスマホで撮らせてもらって
大叔父の孫とひ孫だというだけで
嬉しそうに食事にまで誘ってくれる
優しい院長に言われるままに一緒に食事をした
その席でショウが自分の子供の時の写真を
スマホに出すと

「これ、スイスの学校時代の僕です
ひいじいちゃんにそっくりでしょう?」

院長はそれを見て驚くとともに
その写真は本当にそっくりだった
スイスのショウの学校の話を聞き

「大叔父さんはこの家を出てからは
事業を起こすか何かしたのでしょうか?」

ミキは今では誰が見ても東大教授夫人だし
ショウは数か国語喋れて海外でも有名な学校を出ている
普通に考えたら、だれしもそう思うのだろう
何とかごまかして帰り道
ミキは嬉しさに酔いながら

「ねぇ、ショウ君、小さなころの写真見せて」

「え?ああ、はいこれですね」

その写真はどう見ても爺さんの子供の頃にそっくりだった

発達障害の母

母は少し嬉しそうだった

口うるさい娘なんかいないほうがいいのだろう

どうしたら一番いいのだろう

私には母のすべてを受け入れることはできない

 

東京に帰ってくると

家の中は完璧に掃除され、私がいる頃よりも

便利な家電に変えられていたり

冷蔵庫の中にはしゃれた調味料があったり

冷凍庫には休日に作ったであろう様々な総菜が

すぐに解凍して食べられるようにストックされて

台所は清潔に保たれていた

そう、これが普通でしょう!

うちの夫も子供たちも家事や料理は好きで

私がいなくても家の中は綺麗に保たれ

栄養を考えて食事をするのだ

母のところから帰ってきた私は

久しぶりの本格的に淹れた、一番好きなブランドの

コーヒーに舌鼓を打った

街の灯り

「それは僕の祖父の兄ですね
僕の祖父の名前は戸田康次
その人は僕の大伯父だと思いますよ
祖父は工学部に進みたかったのに
兄が家を出たから医者にならなければならなかったから
その話は僕が工学部に進みたいって言ったときに
聞きました
その大伯父は血を見ると失神するほど繊細な人で
とても医者になどなれないと飛び出して
二度と帰ってこなかったそうです
まぁ、当時のことですから、そんな大叔父を探すこともなく
放っておいたらしいですよ
ああ、そうだ、確か昔の写真が」

そう言って、医者が部屋を出ていくと
ショウが嬉しそうに、

「へぇ、おじいさん、医者の家だったんだね
僕、医者になろうかなって思ってたんだけど
それも、血かもね」

ミキは驚きすぎて腰が抜けそうだった
自分の実家の話など絶対しなかったし
どこからどう見ても、下世話なじじぃだった

古いアルバムを持ってくると
本当に白黒の昔の写真を開いてくれた

立派な古い家の前、見るからにいい家のお坊ちゃん
白いシャツに黒い半ズボン、編み上げの靴
綺麗に切りそろえられた前髪
そこにいるのはかわいらしい上品なおぼっちゃまだった

発達障害の母

「友くんの母親と雅ちゃんの母親じゃ人間が違うからね

雅ちゃんの母親の面倒を見なきゃならないとなると

友くんもうんざりするのは当たり前だよ

おばさんとはいえ、人の面倒なんか見たかないよね」

 

は?私は母のことはよく理解しているつもりでも

こんな風に自分は全く関係ないみたいなことを

したり顔で言われると何か投げつけたくなる

私はいったいここに何しに帰っていると思っているのだろう

母はずっとそばにいなきゃいけないほどボケてはいない

いや、若いころからボケているのだが

それでも、これまで父が死んでから

恥もすべて村中に垂れ流して生きてきたのだから

私は次の朝、一番の飛行機で東京に帰ってきた

少し頭を冷やしたほうがいいのは私のほうだ

 

 

街の明かり

感じのいい柔らかな医者で

「沢村先生の奥様だそうで
僕は先生の小説の大ファンなんですよ」

そんな話から入る
ここまで来ても爺さんの実家とは思えない

「いえ、お恥ずかしい
すみません、ちょっと、とりとめもないことなんですが
あの、こちらの病院はかなり昔からあるそうなんですが
先生はこちらのお血筋の方なんですか?」

「ああ、はいそうですよ
父も祖父も曾祖父も代々、ここでやっています」

「あ、それならば、あの・・・・・」

ミキは爺さんがこの人と血がつながっているなんて
信じられないから話がしづらい
すると、ショウが見かねて

「僕のひいじいちゃんがここの生まれじゃないかって
聞いたんだけど、戸田康一って言うんですけど
ご存じじゃないですか?」