街の灯り

「あんたんところのじいちゃん、たかちゃんは、もともと、このあたりの生まれじゃないけど
18くらいから知ってるよ
うちの父ちゃんが、駅前の飲み屋でぐでんぐでんになると
よく抱えてここまで連れて来てくれたからね
あたしら、三人姉妹であんたんところのじいちゃん
を待ってたもんだよ
たかちゃんは美男子だったからね~
母ちゃんは父ちゃんが飲みに行くのをえらく怒ってたけど
あたしたち三姉妹はたかちゃんが来るのが楽しみでしょうがなかったよ」

そう言うおばあさんの声は艶っぽくなり
頬がほんのり赤くなった

ミキは意外な話に驚いた
ミキが知っているじいさんは
酒焼けしたしわだらけの顔に
不摂生がたった汚いだみ声に足が悪いから
右を少し引きずる
どこにも、このおばあさんが言うような
美男子の片りんはなかった

発達障害の母

母が後家は妊娠していると言っていたことを思うと

そりゃぁ、早く一緒に住んだほうがいいだろう

雅ちゃんの旦那は、みっちゃんちの豪邸から仕事に通い

その、旦那の母親は鼻高々で自慢しまくっている

二人が結婚してすぐに、その母親にハワイ旅行を

プレゼントしてくれたとかで

多くの村の人間はうらやましいと心から思い

雅ちゃんのことなどすぐに忘れていった

あの、神社も何事もなかったかのように

子供たちが集まって遊んでいた

そのうち、後家さんのお腹は隠しようもなくなって

誰もがおめでとうとみっちゃんちに

野菜や肉、そして、その家々で自慢の料理を持って行った

母も自分が得意な、いや、自分だけが得意だと思っている

鶏の煮つけを持って行くと言い出した

 

「ねぇ、やめとけば

あそこなんてお金はたくさんあるんだから

何もわざわざ持って行かなくても大丈夫よ」

 

いま時ならば、この田舎でもアマゾンや楽天市場

どんなものでも手に入るのだ

日本全国のおいしいものが手に入る家に

一生懸命に貢物を持って行く村の人たちにあきれていた私は

母にきつく言った

街の灯り

戸籍は調べたから、名前はわかっていた
離婚した形跡はなく
おじいさんが50くらいの時に亡くなっていた

酒屋に行くとおばあさんが

「まぁ、まぁ、ミキちゃん
立派になって、あんたは苦労したんだもの
幸せにならないとね
そっちの若い子は息子かい?」

「ううん、みぃの子供なのよ」

もう、相当な歳のはずなのにおばあさんはしっかりしていて
何でも覚えていた

「まぁ、あの小さいままいなくなったみぃちゃんの?
あんたんとこのお母さん、みぃちゃんは連れて行きたかったんだろうね」

ショウは嬉しそうにみぃの話を聞いている

「それで、何かい?
おばあさんのこと?ふみえさんのことかい?」

発達障害の母

その父も弟が大学を卒業するとともに

がんで亡くなった

気の小さいまじめな人だったから

母のことでは結婚以来相当なストレスを抱え込んでいたのだろう

ネコが

 

「おじさん、いい人だったよな

俺、子供の時に川で釣った鯉をもらったよ」

 

友くんはネコのその言葉に

 

「ああ、そうそう、俺んちもよくイノシシの肉もらったよ」

 

「そうね、趣味がそういうことしかなかったから

雅ちゃんちのお爺さんに教えてもらったんだって

あそこのお爺さんも近所中にイノシシの肉とか鮎とか

配って回ってたよね」

 

「うん、俺んちはたまにだったけど

村長のネコんちとかみっちゃんちの病院には

真っ先に持って行ってたよな」

 

すると、友くんが声を潜めて

 

「みっちゃんの後家、すぐにも雅ちゃんの旦那と

暮らし始めるらしいぞ、なんか、すげえよな」

 

この村ではみっちゃんの奥さんはずっと、みっちゃんの後家と呼ばれる

雅ちゃんの旦那と結婚するのならば呼び方を変えてあげればいいのに

街の灯り

もう、売り払ってしまった昔の家
久しぶりに来てみると
この辺りは少しも変わっていなかった
路地を歩いていくと

「あら、もしかしてミキちゃん?
そっちの男の子は息子さん?」

「あら~、偉い先生と結婚したんだよね~」

「康太君、弁護士になったんだってね
二人とも苦労したからね、たいしたもんだよ」

もう、おじいさんの世代の年寄りはほとんど残っていなかった
それでも、長いことここに住んでいる人たちに
おじいさんがここに来た頃を知りたいと話すと


「あ、それやったら、ほら、あんたんとこのじいちゃんが
よく角打ちしてた、酒屋
あそこのばあちゃんが、まだ、元気だよ」

それを聞いて二人は酒屋に足を運ぶ
ショウは

「いい人たちばかりですね」

そう喜んでいたが
ミキは自分たち二人が離れた後、きっと、近所の人たちで
その苦労の中身の猥雑な噂をしているに決まっている
そう思うと、真っ赤になってしまう
やっぱりここには戻ってこなきゃよかった

発達障害の母

友くんがおっかぶせるように

 

「頭も悪けりゃ、才能もないし

顔も悪けりゃ、性格もダメ

だから、心配なんだよ

家を継げば苦労しなくても

とりあえず食べていける

親がやったとおりにしてればな

それがこの辺の爺さんや婆さんの考えさ

まぁ、今はそれじゃ先細るだけで

親の言うことを聞いて、家を継いでも

才覚がなけりゃやっていかない」

 

そうだ、この村はそんな風だった

 

「うちはもう、母でおしまいだけどね

弟と私が家を出て東京にいくことを

反対されなかったのは、父のおかげだわ」

 

「まぁ、あ~ちゃんちは特別っていうか・・・・」

 

そうだ、この村では特別だったから

姉弟二人とも都会に出て好きにできたのだ

父は母と結婚した責任を取るつもりで

すべてひっかぶってくれた

母のことで何か言われて私や弟が落ちこんでいると

 

『すまんな・・・・』

 

私たちが落ち込んでいることなんか

まったくわからない母に代わって父がぽつりと言ったものだった

 

街の灯り

「僕、こっちに帰って来て
一番に自分の歴史を調べたかったんだ
一緒に調べませんか?」

ミキは自分もそうしたいと思った
生まれた場所、環境、血
恨んでばかりいた自分はいったいどうしてできたのか
沢村の言葉をきっかけに
自分も自分が生まれた理由が知りたくなった

「ショウ君、本当に知りたいの
知ってうれしくなりそうな歴史ではないと思うけど」

沢村が笑いながら

「真実こそが素晴らしいのさ」

ショウはうなずきながら

「そう思います」

その言葉を聞きながら
正二を思いだした
あの風俗の小屋で生まれて育って
その中で能力を開花させた、優しい正二
ショウはそっくりだ

次の日から二人で調べてみることにした
ショウはみぃにそのことを話すと
みぃはちょっと、心配げに

「お姉ちゃんはどうしようもないことを
嘆いたり、ぐちぐち考えたりする人だから
ショッキングな事実が現れたら
ショウがお姉ちゃん、あ、いや、ミキおばさんを
助けてあげてね」

そんなことをショウに言った