母は悪びれる様子もなかったし
父はすみませんと頭を下げて通り過ぎた

そんな家なのだ
子供に全く自分の家の血が入っていないことは
ありがたいことだと思う
ミツホの家はごく普通
父親は大手の企業のサラリーマン
母親は短大を出ているだけだが
家政科を出ている、教育熱心な家だ
兄がいるが、そこも同じような普通の家庭で
ミツホが康太と結婚することで
沢村教授の家と親戚になる
そして、康太は東大卒の弁護士
何も文句のつけようのない結婚相手だと
思ってくれているらしい

あの男の家はどうだっただろうか?
確か、ミツホと同じ高校だったし
幼馴染だったようだ
それならば、そんなに問題視するような
血の家ではないだろう
とにかく自分の家よりはマシに決まっている

康太はこの赤ん坊が心から愛おしかった
大事に育てよう
ミツホの体から分身のように
出て来てくれた、素晴らしい生命だ

発達障害の母

私が家に帰って

母にみっちゃんの話をすると

嬉しそうに


「ああ、あのみっちゃんは結婚する前に

あ〜ちゃんがずっと好きだったって

行ったとか言わなかったとか

村で随分話になったものだよ

先生の奥さんはいっつも私をばかにしてたからね

いい気味だったよ

みっちゃんが結婚したあとで

村の健康診断のときに

看護師さんをしていたから

私がみっちゃんのことをおめでとうって

話したら


『いい気にならないでね

あなたんところと親戚なんて

こっちから願い下げだからね』


って血圧をえらく激しく検査されたことを

覚えてるよ

そのあと、みっちゃんも死んで

今時、戦争で死ぬなんてバカだよ

あそこは嫁さん以外は

みんなすぐ死んで、バチがあったったんだよ」


そう言って嬉しそうに笑った


発達障害の母

それが、ある夏休みに

中学生の男の子を

誤診しちゃって、大病院に送るのが

遅れたものだったから

その男の子は命を落としてしまったのだ

村の人は誰も彼を責めなかったし

その男の子の両親すら

仕方がないことと諦めたんだけど

みっちゃんはそのことで自分を責めて

一人、国境なき医師団に入って

シリアで戦闘に巻き込まれて

亡くなったそうだ


「そうだったの、なんかみっちゃんらしいね

子供はいないの?」


「うん、あそこのおじさんとおばさんも

割と早めに亡くなって

奥さんが一人ずっと、ここに住んでいるんだよ

元、看護師だけど、あそこの全財産を相続して

優雅に暮らしているよ」


ああ、それで、雅ちゃんの旦那と何かと

あるってことか

そういう顔をしたのがわかったのか

友くんは


「うん、雅ちゃんの旦那は

雅ちゃんを捨てる気満々!」


そんな話を聞くとみっちゃんの人生って

なんだったんだろうって悲しくなる

康太もよく知っている男だ
しかし、別に気にも留めなかったしショックも受けず、そして愕然とする
まるで自分は父親と一緒だ

中学に入ってからは
母への怒りとともに
祖父への蔑みとともに
父の普通ではない感情を訝しみ
そして、バカにした
でも、長い出稼ぎの仕事から
帰って来て、母が別の男のところに
止まっているのを知っていても
なんとも感じてないような愚鈍さ

母がまた、誰彼構わずだったから
近所の男の場合だって
多々あった

久しぶりに帰って来た父親が
カツ丼を食べに行こうと
康太とみぃを誘ってくれて
三人で近所の食堂の前で
男にしなだれかかっている
母親と遭遇した

発達障害の母

「ははは!それは誤解!

私のあの頃は東京でもがいてたからなぁ」


すると友くんはしんみりと


「わかるよ

俺もトラックの運ちゃんやってた若い頃

関西に2年いたからな

田舎者には何かときついよな」


「そうなんだ!みんな何かとあるね

それで、みっちゃんは?

医者になって戻って来てからは

結婚もして幸せだったんでしょう?」


田舎に帰って来て友人の話を何かと

聞いた中で、みっちゃんは一番立派で

可哀想だった

この、村の医者となって帰って来たけれど

みっちゃんのところではほとんどが

風邪や胃の調子が悪い年寄りを見るだけで

重篤な病気は救急車を手配して

隣町の大きな病院に運ぶのが

主な仕事だった

ミツホは康太が初めての男だったから
康太のsexのやり方に不満もなかったし
不信感も持っていなかった
しかし、子供はなかなかできないから
自分のどこが悪いのかと
研究もし始めたのだ

ミツホには、生物学部に高校の頃からの
友人がいた
その子に何かと相談していたのだ
すると、多分それはsexのやり方だと言う
それならばやってみるか?
そして、まぁレイプまがいに
犯されたのだが、そのときに
ミツホは康太が子供ができないように
やっていることに気がついたのだ

まさか、それで妊娠するとは思わなかったし
自分がその彼に相談していた内容も
内容だったし
彼の部屋で二人きりだったと言うのも
ミツホに非は十分あったと思う
彼とはその後、連絡さえ取っていない

康太は泣きながら話すミツホを
抱きしめた
そして、その男を
思い出した

「それでね、だからなんだけど
僕はショックじゃないんだ
そういう環境で育ったからだと思うけど
女の人の性に関しては
世間が言うように夫一人とか操とか
全く気にしない
そうじゃない女しか知らないからね
僕の家では夫の前で別の男に
抱かれることですら
まぁ、あるだろう程度のことなんだ
速水のことだって
うちの血が混じっている女なら
不思議なことじゃない
本人には責任のない仕方のないことさ
だから、僕にそう言うことで
負い目を持つ必要は全くないよ
どっちかといえば僕の血が混じっていない
女の子を二人で育てることができるのは
考えてもいなかった幸福かもしれない」

康太のその言葉にミツホは泣き出した

ミツホが康太ではない男と寝たのは
その男を愛していたわけではなかった