発達障害の母

私が家に帰って

母にみっちゃんの話をすると

嬉しそうに


「ああ、あのみっちゃんは結婚する前に

あ〜ちゃんがずっと好きだったって

行ったとか言わなかったとか

村で随分話になったものだよ

先生の奥さんはいっつも私をばかにしてたからね

いい気味だったよ

みっちゃんが結婚したあとで

村の健康診断のときに

看護師さんをしていたから

私がみっちゃんのことをおめでとうって

話したら


『いい気にならないでね

あなたんところと親戚なんて

こっちから願い下げだからね』


って血圧をえらく激しく検査されたことを

覚えてるよ

そのあと、みっちゃんも死んで

今時、戦争で死ぬなんてバカだよ

あそこは嫁さん以外は

みんなすぐ死んで、バチがあったったんだよ」


そう言って嬉しそうに笑った


発達障害の母

それが、ある夏休みに

中学生の男の子を

誤診しちゃって、大病院に送るのが

遅れたものだったから

その男の子は命を落としてしまったのだ

村の人は誰も彼を責めなかったし

その男の子の両親すら

仕方がないことと諦めたんだけど

みっちゃんはそのことで自分を責めて

一人、国境なき医師団に入って

シリアで戦闘に巻き込まれて

亡くなったそうだ


「そうだったの、なんかみっちゃんらしいね

子供はいないの?」


「うん、あそこのおじさんとおばさんも

割と早めに亡くなって

奥さんが一人ずっと、ここに住んでいるんだよ

元、看護師だけど、あそこの全財産を相続して

優雅に暮らしているよ」


ああ、それで、雅ちゃんの旦那と何かと

あるってことか

そういう顔をしたのがわかったのか

友くんは


「うん、雅ちゃんの旦那は

雅ちゃんを捨てる気満々!」


そんな話を聞くとみっちゃんの人生って

なんだったんだろうって悲しくなる

発達障害の母

「ははは!それは誤解!

私のあの頃は東京でもがいてたからなぁ」


すると友くんはしんみりと


「わかるよ

俺もトラックの運ちゃんやってた若い頃

関西に2年いたからな

田舎者には何かときついよな」


「そうなんだ!みんな何かとあるね

それで、みっちゃんは?

医者になって戻って来てからは

結婚もして幸せだったんでしょう?」


田舎に帰って来て友人の話を何かと

聞いた中で、みっちゃんは一番立派で

可哀想だった

この、村の医者となって帰って来たけれど

みっちゃんのところではほとんどが

風邪や胃の調子が悪い年寄りを見るだけで

重篤な病気は救急車を手配して

隣町の大きな病院に運ぶのが

主な仕事だった

発達障害の母

「東京のあ〜ちゃん

水を得た魚のように生き生きしていて

アパートの前でちょっと見かけただけだけど

ちょうど外車で彼氏が迎えに来ていて

遠くから見ても、この村の呪縛から

解き放たれたように見えたって、

それを見たときに田舎の医者の息子なんか

あ〜ちゃんには何の興味もないだろうな

そう思ったって」


私はそれを聞いて学生時代を思い出した

その頃は自分と他の学生、東京に住んでいる人間達とのの格差を知って

とにかく焦っていた

自分の能力なんてたかがしれているのを知っていたから、自分が東京で一気に格差を埋めるには結婚しかないと感じていた

それならば同じ大学のおぼっちゃま達をだますしかないと、焦っていた頃のことだ

アパートまで外車できてくれるのは、有名デザイナーの息子ではあったが、、愛人の子だったと、思い出す

発達障害の母

でも、みっちゃんの母親が言っていることが
子供心にもそんなに的外れなことではない
そう思っていたから
みっちゃんとは犬と人間ほど
隔たりがあると思っていた

それがみっちゃんの恋の対象が
私だったなんて
驚く以外にない

人は恋愛をするにしても
自分と同じステージの人間を
相手にするのではないだろうか
わたしは高校では誰も好きになんてならなかった
県内でも医者の子、社長の子、立派な家の子
そんな子だらけの学校で
自分の生まれ、頭のコンプレックスから
女の子の友人ですらできなかったし
男の子を好きになるなんて思ってもいなかった
高校を出てこの村で中卒の彼を追っかけたのは
そうできる、同じレベルの人間だ
そう感じたからかもしれない

「東京に来ていたんだったら
声をかけてくれれば良かったのに」

発達障害の母

その頃、みっちゃんが学校では群を抜いての

優等生だったのだが

国語や本を読む数ではダントツに私で

みっちゃんだって私がいなければ

作文だって立派なものだったのだが

そればかりはいつだって学校の代表は

私だった

それが気に入らず


『作文を書くのが上手なんて自慢にもならない

文を書いたり小説を書いたりする人は

たいがい気がおかしくなって

自殺するじゃない』


みたいなことを村中に触れ回っていた

私はお腹の痛いのを我慢して


『もう大丈夫です

一人で帰れます』


そう言うと一人で家に帰ったのだが

途中痛くて仕方がなかった記憶がある

家の中のことが常識だった

幼い私は、村の人の母に対する態度は

なんとなくしかわからなかったが

この時はすごく傷ついた


発達障害の母

「そんで、告白するつもりだったけど

言えないままだったってさ!

結婚相手は親が決めた人だったから

あ〜ちゃんに、どうしても

言いたかったみたいなこと言ってたからな」


私はびっくりしたが

もう、30年近く前の出来事だ


「でも、無理だよ

あそこの親が私を嫁になんか

するものですか」


それは、まだ、私が小学校の頃だった

学校でお腹が痛くなって

教師が自分の車で

星田医院に運んでくれた

みっちゃんの母親は看護師だったのだが

父親の医者が私に


「お母さんに来てもらおうか?

大したことないけどね」


そう言うと

私の目の前でその看護師の母親は


「あ〜ここの母親は気がおかしいから

呼んでも、薬にもならないし

この子もあの母親の子なんだから

ちょっと、おかしいのよ」


そう言った