「さて、速水、安心して
食事にしましょう」

お手伝いさんが買って来て
セッティングしてくれたテーブルに誘った

それは文京区のあの家では
考えられないほど
オシャレで豪勢なものだった

「ワイン、シャンパン、あ、ダメか
まだ、16だったね」

「あの、おばさん.....」

みぃは笑って、

「おばさんには違いないけど
『みぃ』って呼んでくれた方が
嬉しいな」

たしかにみぃの見た目はおばさんなんて
まったくあわないビジュアルでもある

「みぃさん?私は何をすればいいの?」

金銭的な面でも甘えてしまおう

「このまま置いていっていいのかしら?
荷物とかはすぐに送りましょうか?」

「大丈夫、私が全部買ったげる
ファッション関係のネットショップもやってるし、速水ちゃんの好みもあると思うけどね
遠慮しないで言ってね」

速水はみぃの話に驚きながらも
今から、全く新しい価値観で
全く新しい生活が始まることに
ワクワクした

文京区のあの家は落ち着いていて
父も母も優しかったし
全てを受け入れてくれるのも
ありがたいとは思ったけれど
幸せではなかった

ミキは寂しかったが自分たちでは
速水を幸せにできないことはわかっていた

「遊びにはきてね!
パパと遊びに来るから」

すると、みぃが笑いながら

「来るときは必ず前もって連絡するのよ!」

そう言ってミキを送り出した

発達障害の母

誰も変わってないんじゃなかろうか

私もそうかもしれない

小さな子供の頃から

母親が好きだと思ったことが一度もない

それは家族みんなだった気がする


母親以外は人間として言ってはいけない

そんな言葉は知っていたから

母に対して不満を浴びせはしなかった

父はお酒に逃げ

弟は友人と遊ぶことに逃げ

私は本に逃げた

母の喋りに付き合っていると

聞いているほうが気持ち悪くなるのだ


みぃは速水やミキの気持ちなど
御構い無しに、あけっぴろげに言った
帰ってそのほうが話が早くもあった
ここで、みぃの仕事の手伝いをする
それだけでは
なんの解決にもならない
問題は速水の体だ
それを会ってすぐに
全部解決すると

「まぁ、お姉ちゃんもゆっくりしていってよ
速水も今日からここにいていいのよ
って言うか、横の部屋をプレゼントするわ
家具も服も用意してあげるから」

ミキが気の毒がって
遠慮すると

「長い間、可愛い姪に何にもできなかったし
会うこともできなかったんだから
これくらいはさせてちょうだい」

ミキはみぃの頭の良さは
よく知っているから
全部任せることにした

母もみぃのおかげで幸せに旅立ったのだ

発達障害の母

化粧をしている母を見て

イライラしたが黙って化粧直しを

してあげる

すると、嬉しそうだが


あ〜ちゃんの仕方だと

顔がぼんやりしちゃうようだけど」


そんなことを言うので

これから出かけるわけでもないから

一番派手な母のお気に入りの

シャネルの真っ赤を塗ってあげた


少しフランス映画に出て来る

老婦人のようになって

私は心が落ち着いた

雅ちゃんは小学校の頃のまま

頭が悪く不衛生で

その頃女子の間で流行っていた

香り消しゴムをこっそりくすねるような

子供だった

でも、次の日、それは自分のだと

すぐに使い始めたりするような

バカなところもあって

今もそのままなのに驚いた

一人で起業して大成功を収めている
ふんわりとだが、そのくらいの認識の人だ

「まぁ、速水ちゃん?
大きくなったわね~」

そう言って嬉しそうにハグして来た
速水は男子の時よりも
ドキドキして、すごく嬉しかった

話はここに来る前に電話で軽くしておいた

「お姉ちゃんも久しぶり!
何か食べる?飲む?ちょっと待ってて」

そう言うと、お手伝いさんに
二人の好みも聞かないまま
近くの高級スーパーで買い物を頼んでいる
お手伝いさんが出て行くと

「それで?
私を手伝ってくれるんだって?
それが一番いいと思うわ
男には不自由しないから
大丈夫!
ケータリングみたいなものだし
子供だってできないようにしてあげる」

発達障害の母

おぞましさに背筋が凍った

そんな人間に、さっき笑われたのだ

いや、でも、そんなおぞましい話題から

なんとなく、その星田医院の後家さんにも

いい印象は持てなかった


家に帰ると母親が

私が買ってあげた化粧品の話をして

嬉しそうにしている


母は昔から化粧は大好きで

家族で出かける時には

鏡の前に1時間は座っていて

出かける時間も構わず

自分の顔を撫で回していた


その頃は母親とはそういうものだと

何も考えていなかったが

化粧をしても美しくはならない母を不思議な

気持ちで見ていた


自分が化粧をするようになると

母は小学校三年生がこっそり

鏡台の前でやるような化粧だった


東京の巣鴨あたりに行くと

年をとって、若い頃の化粧が似合わなくなり

濃い化粧で見苦しいおばあちゃんも

けっこういるが

母の場合は50年も前からそんな化粧だった